カーネーション
ノベルSS1>ラストテクノロジー
Snow White
  10

 電車の席で、ひとりの少女が眠っていた。
 雪色の髪と純白の肌。
 童話のような容姿の少女は、それはそのままお姫様だった。
 駅長に揺り起こされた少女は、お礼を言ったあとで駅長に切符を見せた。
「……差額、返そうか?」
 大人用の切符を見せた少女に、駅長は言った。
 少女が十六歳だと告げるまで誤解は続き、お詫びに駅長は日記帳をプレゼントした。

  1

 待ち合わせ場所は私鉄の駅で、ふたりは街を散策して遊んだ。
 童話のお姫様である少女は街の施設なんて知らなくて、駅長は街道を案内して回った。
 少女は少女のように元気で、駅長は昼を前に疲れてしまった。
「それなら、わたしがなにか作ってあげる。なにがいい?」
 ステーキと言えば却下されて、焼き肉と言えば却下される駅長。
「冗談が好きなのね。それなら、パスタでいい?」
「そんなものが作れるのか?」
 満面の笑みでレストランに入る少女。
 出された料理はとても美味しかったのだとか。

  2

 ゲームセンターに入ればハイスコアを塗り替える少女。
 王族というのはかくも性能の高いものなのかと感心していると、駅長もやろうよと誘われた。
「こんなものやったことない……」
「わたしだってないわ。誰だって初めては、初めてなのよ」
 楽器を選び、それぞれの旋律を奏でるゲームを選んだ。
 学生時代にギターを手にしていた駅長は、しかしそれとは関係のないスコアを叩きだした。
 お姫様の勝利だった。
「またやろうね。今度はきっと、負けちゃうよ」
 子供に気を遣われた駅長は、とても哀しそうな顔をしていたのだとか。

  3

 別れの場所も私鉄の駅で、駅長は駅長室で暮らしていた。
 住宅街に帰っていく少女を見送って、駅長は日記帳を開いた。
 日記帳にはなにも書いていなかったし、これからも書くつもりはなかった。
 携帯電話を手にとって、たったひとつだけ憶えている電話番号を入力した。
 繋がることはなく、駅長の記憶は記録に残らなかった。

  4

 ゲームセンターで紅茶を飲む少女にブランケットをかけて、ブレーカーを落とした。
「今日は温泉に行こう。実は湯の街なんだぜ、ここ」
 一緒に入れないじゃないという少女に、少女用の水着を見せた。
「水着で温泉に入るのは失礼だって、なにかで読んだ気がする」
「誰が見てるわけでもないんだ。他人は俺だけ、俺は気にしないぜ」
 それならと口癖を披露した少女を背中に自転車を漕いだ。
「代わろうか?」
 坂道に息を上げていた駅長は、顔を真っ赤にして断ったのだとか。

  5

 真っ赤な瞳を持つ少女と出逢ったのは誰も居ない公園だった。
 雪上自衛隊と背中に書かれたベンチに座って、腕を組んだときのこと。
 組んだ腕の中、膝の上に少女が居た。
 髪の色は雪色で、身体は雪のように軽かった。
「―――ぷはっ」
 腕を解くと、赤色の瞳で駅長を見上げる少女。
「いきなり抱くなんて、あなたは変態さんなのね?」
「なに言ってやがる。見知らぬ男の膝に正面から座る奴の方が変態だ」
「うん。変態でいいよ。認めるからこのまま誘拐して、変態さん」
 身体が雪のように軽かったのは、少女が膝をベンチの上に乗せていたからだった。
 中途半端なスキンシップは、あとから聞けば遠慮の証だったのだとか。
 そんなことにも気付かなかった駅長は、久しぶりの人肌に興奮して言った。
「身代金として、おまえを貰うぜ」
 駅長は少女をお姫様抱っこして、そのときに本当にお姫様であることを知ったのだった。

  6

 温泉に来れば水着のサイズが合わなくて、少女は駅長が思っているより小さかった。
 男湯と女湯に別れて、板一枚を挟んで背中合わせ。
「湯加減はどうだ?」
「ちょっと熱い。でも気持ちいいよ、変態さん」
 人称代名詞の在り方について話し合うと、駅長がのぼせた。
 浴衣を着て再会したふたりは、互いの姿を褒め合った。
「駅長はお腹ぽっこりだから浴衣が似合うんだね」
「全然褒めてねぇじゃねぇか」
 濡れた雪髪を撫でると、セクハラだわ、と少女が呟いた。
 押し倒そうとすると、軽やかなステップでそれを躱す少女。
「あれって前にやったゲームだよね? 一緒にやらない?」

  7

 ドラムを選んでみれば楽勝で、もしかしたら俺はこうやって人生を間違えてきたのかも、と駅長は思った。
 少女のために卵のないオムレツとクレソンのサラダを作ってやると、少女は美味しいと絶賛した。
 リラクゼーションルームで古い新聞を読んでいると、隣で漫画を読んでいた少女が昔話をせがんだ。
 戦争の話を脚色なく伝えると、少女は駅長の頭を撫でたあとで漫画を交換しに行った。
 携帯電話を取り出して液晶を見ると、着信履歴はゼロだった。
 たったひとつだけ憶えている電話番号を入力した。
 それを見て、漫画の続巻を片手に、少女は言った。
「どうしてそんなもの持っているの?」

  8

 電話をかけても誰にも繋がらず、レストランに入れば調理場は使い放題。
 ゲームセンターのハイスコアはブレーカーを落とすたびデフォルトに戻り、お湯を沸かしても誰も怒らない。
 この街には駅長と少女しか居なくて、この国には二千人の男女しか居なかった。
 戦争の話を脚色なく伝えれば敗北で。
 敵国の最終兵器に首都を吹き飛ばされては、国中の人間が異国へと避難した。
 家族を失った駅長はとうの昔に老人で、少女を襲うつもりなんて毛頭ない。
 絶対に一緒に寝ないふたりはただ人肌を求めて触れ合って、子供みたい。
 一緒に遊んで一緒に食べて、気の済むまでお喋りをして。
 ふたりは歪なパートナーだった。

  9

 海に行きたいという少女の願いを叶えるため、駅長は電車のメンテナンスを行った。
 久しぶりに動かしてみれば鉄が軋んで、それでも電車はなんとか動きそうだった。
 少女が無断で暮らしているマンションまで迎えに行って、少女に麦わら帽子を被せた。
 それはもちろん駅長の娘の遺品であり、娘扱いされていることに怒るべきか喜ぶべきか少女は悩んでいた。
 悩んでいる少女を荷台に乗せて私鉄の駅を目指した。
 途中で少女に運転席を代わってもらい、駅長より速く走る少女に嫉妬した。
 外付けの駅長室に入って、携帯電話を持って行こうかどうか悩んで、その末にやめた。
 外に出れば少女が財布を出していて、どうしてそんなもの持っているんだ? と駅長は聞いた。
 少女は麦わら帽子を外して答えた。
「切符を買わなきゃ、電車は乗れないのよ?」
(ss1-9.html/2004-02-29)


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