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ノベル>SS1>忘却のアルケミスト | ||
Arsene Lupin
1 ロングパスされたサッカーボールは、しかしフィールドを大きく飛び越えて、 「私のこと、忘れてください―――きゃん!」 私の額にぶつかりました。 2 意識を失って、それから起きて。でも寝た振りをしていました。 「……あのさ。本当は起きてるんだろ、君」 瞼を開けば白衣の男性。 私はひとつ質問をしました。 「ここはどこで、私は誰ですか?」 3 それから太陽が昇って沈んで、保健の先生。 「やあ記憶喪失。なにか思い出したかい」 「なにも……」 「君は僕のことを知らないのに、僕は君のことを知っているなんて。気分はタイムスリップだね!」 「知りません」 「ひとつだけ教えてやることがある」 「なんですか?」 「―――これは夢だよ」 4 隣の席の男の子の声を聞いたことがなくて、だから聞きたいと思いました。 「おはよう」 「…………」 無視されました。 でも頷いてくれたからいいやと思いました。 「ばいばい」 「…………」 頷いてくれました。 それでもって、腕時計を見せてくれました。 「え、なに? まだ放課後じゃないよ! みたいな?」 「…………」 首を振って、私の右手首に腕時計を巻き付けてくれました。 時刻は三時四十分で、立派に放課後でした。 5 目を覚ませば、やはり保健の先生。 「おはよう」 「先生……?」 「ここは保健室のベッドで、君は名もない女子生徒だよ」 「え? 知ってますよ、そんなの。名前あるし」 「そうだよね……」 「……あの、私もう帰りますね」 「うん。サッカーボールに気を付けてね」 6 腕時計を右腕に巻き付けて、サッカー部の活動を見学していました。 七分丈のジーンズを穿いた女子生徒が、朝礼台の前で空を眺めていて。 私の待ち人がやって来ました。 「おはよう!」 彼は首を縦に振りました。 「ばいばい!」 彼は首を横に振って、私の右手首を掴みました。 「冗談だって。あまりこっちに来ると危ないよ」 言って後ろに歩いては、彼に背中を向けました。 7 ロングパスされたサッカーボールは、しかしフィールドを大きく飛び越えて、 ―――彼の頭にぶつかりました。 目の前に彼の背中がありました。 「……え? 私のこと、護ってくれたの?」 こっちを振り向いて、首を横に振りました。 儀式は中断、嘘を吐くのはやっぱりやめようと思いました。 「格好良かったよ。ありがとね……」 その首に、両腕を回して。 私は彼を抱きしました。 夏の日だったので、すぐに離れました。 8 ある日あるとき、保健の先生。 「別れようと思ってたんです」 「ああ、だから練習していたんだね」 「はい。そして先生の蹴ったサッカーボールが額に直撃」 「記憶を失ったわけだ」 「別れようと思っていた彼のことを忘れて、忘れた彼はとてもいい人だった」 「惚れ直したわけだね」 「そういう夢を見ました」 「夢かよ」 「サッカーボールが当たったところまでは現実ですよ?」 「知ってるよ」 「慰謝料を請求したい」 「僕は誰にもプレゼントをしたことがないことを誇りに思っているんだ」 「捨てちまえそんな誇り!」 (ss1-12.html/2004-09-21) /山梔子のスケアクロウ |
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01 カノンコード 02 恋の準備運動 03 へのもへ 04 灰かぶり姫のロンド 05 蜻蛉の翔べない日 06 そらのうた 07 カミナシノセカイ 08 琥珀のマナ娘 09 ラストテクノロジー 10 イノセントソネット 11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク 12 忘却のアルケミスト 13 山梔子のスケアクロウ 14 ノーバディノウズ・ワールドエンド 15 イノセントカスタネット 16 ロストノスタルジー 17 群青色の盟約 18 カナシミノセイカ 19 そらなきのうた 20 夏の虫 21 夜明けの魔法使い 22 へのもじ 23 道行きの詩 24 マイノリティファントム |