カーネーション
ノベルSS1>ロストノスタルジー
Naked Rabbit
  20

 雪の中、わたしは日傘を手に踊りました。

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 今日は駅長と一緒に海へ行って、今度こそサイズぴったりの水着を渡されて、寝ている間にスリーサイズを測るなんて変態さんねと言うと凹凸のない身体だからサイズなんて身長さえ分かれば十分だろうと言い返されて、あまりにあまって腹立たしかったので泳げないと主張する老体を海に放り込んで遊びました。
 そしたら駅長がポックリ逝っちゃったので、海水浴と帰宅を諦めては海の家でお茶をすることにしました。とはいえわたしはまったりとお茶を楽しめるほど大人ではなく、また大人しくもなかったので、駅長から貰った日記帳に文字を連ねることで暇を潰すことにしました。
 文字。日記帳であるからには日記を付けるべきなのでしょう。元よりあらゆる創作活動が意味を成さないこの世界に於いて、観客の有り得ないこの世間に於いて、記憶の記録だけが価値のある文章であると言えました―――なんちゃって、それは駅長の遺言ですが。
 書き出しは、自己紹介。
 それから雪上自衛隊の話。
 最後に、戦争の話をしようと思います。

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 物心ついたとき、驚いたことにわたしは王女として育てられていました。外を歩けば日傘に囲まれ、民を見れば誰もがひれ伏す、大帝国のお姫様だったのです。
 大帝国。
 帝国が帝国であり続ける条件は、やはり常勝不敗であることでしょう、我らが大帝国は年がら年中戦争をしていました。国土のすべてが戦地であり、国民のすべてが兵士であるという戦国時代。そのすべての人の価値が等価であった頃、わたしは国のマスコットとして、育てられました。
 雪色の髪と純白の肌。
 そして―――真っ赤な瞳。
 その異国の兎のような色は王家の血族である証であり、わたしの瞳は常に血の色で満たされていました。外を歩けば日に焼かれて、民を見れば誰もが従う、大帝国のアイドルマスターだったのです。
 吸血鬼の一族だと他国に揶揄されては、戦争を仕掛けるばかりの毎日。
 なにかが間違っているとは思いましたが、なにもかもが間違っているとは、思いませんでした。

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 敵の敵がどのように機能するかという点については微塵も興味はないのですが、しかし敵と敵は徒党を組むものであるという点については考慮すべきだったのでしょう。
 前向きに言えば。
 終わらない戦争なんて有り得ない。
 常勝不敗であるところの大帝国は、言ってしまえば他のすべての国が敵国でした。それでもその歴史が途方もないほどに続いたのは、その広大なる土地と圧倒的なる国民の数によるものだったのでしょう、すべて力押しで勝利してしまうほどに圧倒的でした。
 序列一位の大国は、二位との戦力差が三倍以上。
 されどすべての国を合わせれば―――否、やはり大帝国の方が、余裕を持って上回るのです。
 期待も伏線も無視して、大帝国はすべての国を滅ぼしました。あらゆる「外国人」を奴隷、あるいは技術者として拉致しては、元の国を植民地として使い潰しました。
 かくして戦争は終わりました。
 魔王が勝っても、世界は滅びないという話です。

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 とはいえ、すべての「外国人」を拉致することに成功したかと言えば答えは否であり、各国にはそれぞれの事情を抱えた「難民」が残りました。それは主に植民地としてさえ機能しない「雪国」に多く残りました。
 事情の多くは、自由を求めて。
 そして少数は、復讐を試みて。
 その最たる機関が極北の島国に残された「雪上自衛隊」でした。否、もはや守るべき国を失ったその自衛隊は名ばかりで、元の「軍」としての性質を色濃く宿していました。それはすなわち、より攻撃的に。
 それはすなわち、法のない世界。
 道徳も倫理も必要ない無法戦隊と化した雪上自衛隊は、その初めに大帝国の王女を拉致しました。王族であれば誰でも良かったのでしょう、最も警備の甘かった―――中学生であったところのわたしを、誘拐しました。
 そのあとの話は、知る由もありません。
 王女としてのわたしはその日に死んで、ただの難民として、雪の中に捨てられたのでした。

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 そしてわたしは、戦争の形を爪痕を通して認識するのです。街を歩けば日傘に突かれ、民を見れば誰もが暗い目をしている、大帝国の罪。
 ただでさえ少ない人さえをもよけて、北へ。
 首都をと言わずすべての主要都市を吹き飛ばされた雪国には、殆どと言っていいほど食糧の備蓄がありませんでした。さて、ことここに来て主観的に物事を捉えれば、わたしは。
 一流シェフの作った料理ばかり食べていたわたしは、一転してインスタント食品がご馳走という局地に至ってしまいました。
 夢見心地に生きていたいままでとは打って変わったリアリティの中で、孤独にはすぐに慣れる。
 つらいのは寒さと空腹感と、焼ける身体。
 視力は落ちるところまで落ちぶれて、いまや人の存在さえ認識できない。
 閑話休題、皮肉な話。最強の大帝国のその王女は、滅ぼした国に幽閉されていたが故に、ついぞ見つかることなく―――老いた駅長に誘拐されことになるのです。

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 それは不自然なほどに自然な邂逅。
 実際は、落ちるところまで落ちた視力の中で、空いたベンチに座ろうとしただけだけど。
「いきなり抱くなんて、あなたは変態さんなのね?」
「なに言ってやがる。見知らぬ男の膝に正面から座る奴の方が変態だ」
 声だけじゃ年齢は測れない。
 けれど―――見知らぬ男であるのなら。
 わたしを見知らぬ男で、あるのなら―――!
「うん。変態でいいよ。認めるからこのまま誘拐して、変態さん」
「身代金として、おまえを貰うぜ」
 自暴自棄とさえ取れたかもしれないその行動は、しかし運命を揺り動かさない。
 夜になって男が老人であることに気付いた頃、わたしは情けないことに、彼に甘えることにした。
 慣れた筈の孤独はただ蓄積されていただけで。
 世代をいくつも隔てた他人に、裏切られるまで甘えようと思ったのです。

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「いや、いやいやいや、あれは甘えの領域を越えているぞ」
「――――――っ!」
 耳元で話しかけられて、わたしは跳ね上がりました。
「い、いつ生き返ったの?」
「物心ついたときと、ひとり呟いていた辺りかな」
「最初の方だ……!」
 黙って文章を連ねられるほど大人でもなく、大人しくもないわたしでした。
「いやしかし、この年になって溺れるとは思わなかった。もう少しは労れるかと思っていたが、なるほどおまえは孫娘のつもりだったのか。切符の件から大人扱いされたいのだとばかり思っていた」
「別に―――好きなように扱ってくれて構わないわ。その代わり、わたしも好きにする」
 言って、わたしは眼鏡を外して駅長に体当たりしました。お互いに水着姿なので、通常ならばそれは媚びた行動であると言えたのでしょうけれど、相手は祖父に値する年齢。
 先に続かず、後にも残らない関係は、ふたりきりの世界に於いては最善であると言えました。
「ごろごろ」
「よしよし」
「ぺろぺろ」
「こ、この変態娘っ!」

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 そして最後に、口に出さない―――記録に残さない話。
 駅長について。
 雪国にひとり残された駅長には、ひとり息子が居ました。息子は田舎であるこの土地に飽きて、首都へと移り住みました。しばらくして結婚して、駅長には孫娘ができました。
 そして戦争が始まりました。
 大帝国の最終兵器が雪国の首都を吹き飛ばしました。
 孫娘は、生きていればわたしと似たような年であったと、写真の日付を見て思いました。
 それはつまり、駅長がわたしの顔を知らないというのは有り得ないということ、なのでしょう。
 その吐き気がするほど忌むべき吸血鬼に対して、しかし駅長はなにもしませんでした。
 暴力を振るうこともなく、謝罪を求めることもなく、自由を奪うこともなく、期待することもない。
 それはこの国の難民にしても同じことで、わたしは雪上自衛隊にも道すがらの戦災孤児にも、殺されることはありませんでした。
 それは家族を殺されたから、なのでしょうか。
 積もり積もる罪悪感の中で、駅長が言いました。
「戦争の前では、誰が悪いということもない」
 そしてその昔、雪上自衛隊の隊員が言いました。
「肝要なのは戦争が悪い現象であると認識していること、それだけだ」

  19

 服に着替えて駅を目指すと、その道すがら雪が降り始めました。
 それは夏に降る雪でした。
(ss1-16.html/2004-11-12)


/群青色の盟約へ
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Title
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 私を、忘れもの
13 貴方の、探しもの
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 ロストノスタルジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらのえかきうた
20 夏の虫
21 十二時の魔法使い
22 へのもじ
23 ガールハントメモノート
24 マイノリティファントム
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