カーネーション
ノベルSS1>ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
Star Ocean
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 一日は一年。
 二十四時間は三百六十五日。
 千日の淡い時間の中、彼と彼女は待ち続ける。
 遠い未来を。

「タイムマシンが欲しいと思ったこと、ない?」
「そりゃありますよ。変えたい過去だらけです」
「変えたい過去?」
「ええ。少年時代に夢を決めるべきじゃなかったなとか、中高生時代の時間をもっと有意義に使えばよかったなとか、その頃好きだった人に告白のひとつもぶつければいまのような関係にはならなかったかな、とか」
「そっか、行きたいのは過去なんだ。でも、それってタイムマシン?」
「……う。確かにタイムマシンと言うよりは人生やり直し機ですね、これ」
「うん。ごめんね、それはちょっと造れないと思う」
「それは、ですか。ということは造ってしまったんですか博士、タイムマシン」
「……その台詞は僕が言いたかったし、出来ればもっと盛大に驚いて欲しかったんだけど。大正解だよ」
「いや、冗談で言ったんですけどね。いまさら驚くのもどうかと思うのでやめます。
 それで、そのタイムマシンは過去も未来もサササッと行けてしまう素敵なマシンですか」
「えっと、過去には行けないよ。未来だけ」
「未来だけ」
「うん。だから、行ったら帰れないんだけどね」

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「どっちかというと、これは冷凍睡眠に近いかな」
「博士と俺の身体を冷凍、ですか?」
「半分正解。僕たちを取り巻く空間そのものを、この部屋丸ごとを冷凍かな」
「はあ。それはまあ分かりましたけど、でもどうしてこの部屋にはこんなに物があるんです? 映写機とかスクリーンとか、冗談みたいな大きさの冷蔵庫とか」
「だって、千年も眠り続けるのは嫌だからね。それにこの部屋はタイムマシン。限りなく停止に近い状態だけど、本当は心霊現象のようにスロー再生されている」
「なるほど。時間の流れを遅くする方舟ですか、これは」
「うん。寝て起きたら未来なんて、そんなの嫌でしょ?」
「いつだって寝て起きたら未来なんですけどね。分かりました。浦島太郎に俺も付き合いますよ」
「そう? それじゃ、また明日ここに来て」
「分かりました。お薦めの小説を持って行きましょう」

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「千年を待つって聞きましたけど。それって、この部屋の中ではどれくらいの時間なんですか?」
「千日ぴったりだよ」
「千日。三年足らずか、思ったより長いですね」
「遊びに映画を用意したんだけど、君は映画って観る方?」
「観ない方です。なので観せてくださいよ、目覚めるかもしれない」
「そっか、それは嬉しいな。お勧めの作品、いっぱいあるよ」
「まずは大衆向けからお願いします」
「もちろん順番はわきまえるよ。君は何か持ってきたの?」
「家族の写真と、大量の本を。……博士、小説は読まない人ですよね」
「うん。想像力がないからね」
「漫画もありますから、映画とトレードしましょう」
「あ、うん。漫画は好き。ありがとね」

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「今頃の地球は、猫型ロボットが大量生産されている時代だよ」
「ということは、いま部屋を出れば本物のタイムマシンに乗れるんですね」
「うん。でもほら、千年経たないと出られないからさ、この部屋は」
「そこですよ。どうしてそんな設定にしたんですか?」
「なんとなくね。好きな位が、四桁だったから」
「適当ですね、博士は。そこが博士の博士たるところですけど」
「そしてその台詞が君が助手であることの由縁だね」
「ほら、また適当なことを言う」
「あはは。君に嘘はつけないなあ」
「嘘なんてついたことがないでしょう、博士は」

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「初めは五月病なんてないんだなあ、と思っていましたけど。いまさらホームシックにかかってしまいました、博士」
「ホームシック? 君に帰る家なんてないのに」
「いやあ、海とか山とか、もっと自然的なものに触れたいなあ、と」
「あぁ、人間は自然から生まれた生物だからね。自然ほどよく出来た科学はないと思うのが、人間だよね」
「人間には真似できない規模の現象ばかりですからね。いえ、そんなことどうでもよくて」
「それなら、映画を観ればいいんじゃないかな」
「いやその、えっと。いいですか、博士」
「うん」
「ホームシックにかかりました。自然であることに憧れました。この部屋には自然が少ない。寝ることと食べることだけです。故に博士」
「だめだよ」
「え?」
「簡単には渡さないよ」
「……その台詞、ヨーグルト片手じゃなかったら欲情したのに」

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「知らないことは?」
「家族愛ですね」
「忘れていることは?」
「子供の頃のこと」
「憶えていることは?」
「最近のことを」
「知っていることは?」
「人を愛することです」

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「博士、起きていますか? ……普通この台詞を使うときって、大抵は起きているんですけどね。まあいいです。博士、俺、博士に告白しなくて良かったと思っているんです。初めから博士とは彼氏彼女の関係になりたいとは思っていませんでしたから。博士はそうやって、博士らしくしていればいいんです。俺のことを見ているんだか見ていないんだかよく分からない、そのままの博士が好きなんです、俺。この台詞の意味、ようやっと理解しました。だから、俺はいまから意味のない告白をします。

 タイムマシンが欲しいと思ったことなんて、ただの一度もないんです」

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「本当は嘘なの。嘘なのが本当。タイムマシンなんて造れないよ、天才じゃないからね。この方舟はただの箱庭。僕は君が思っているような女じゃないんだ。恋愛なんてどうでもいいと机にしがみつく、そんな僕を君は理想とした。でも違うんだよ。僕は正しく彼氏彼女という関係に焦がれていたし、君のことは小学生のときから好きだった。君が科学者になりたいと言うから僕は博士になった。僕の夢は君のお嫁さんなんだ。意外かも知れないけど、そっちが本当の『私』なんだ。でも安心してよ。僕は君の理想であり続けるし、それはなんの苦でもない。その為の方舟。ここは終わりの園。他人に見られないのなら、僕は正しく君の理想であり続けることができる。

 願わくば、君が外の世界を求めませんように」
(ss1-11.html/2004-08-11)


/忘却のアルケミスト
short short 1st
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 忘却のアルケミスト
13 山梔子のスケアクロウ
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 ロストノスタルジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらなきのうた
20 夏の虫
21 夜明けの魔法使い
22 へのもじ
23 道行きの詩
24 マイノリティファントム