カーネーション
ノベルSS1>琥珀のマナ娘
Lollipop Girl
  EX

 舞台は夜明け、鈴蘭の群生地。
 街から遠く離れた丘の上、異世界のような楽園で。
 ベンチに並んで座り、そっと手を繋いでいる青年と少女が居た。
 その空いた右手と左手に、煙草と、アメ玉。

「おいしい」
「そっか、よかった」
「おいしい?」
「うん、どうかな。落ち着くよ」
「おちついて、なかったの?」
「……まあね」

 言って青年は、胸元の灰筒に煙草を仕舞った。
 少女は青年の胸を少しだけ見たけれど、すぐにアメ玉に意識を戻す。

「おいしいよ、わたしは」
「きみが?」
「ううん、アメだま」
「そっか、残念」
「……たべる?」
「君を?」
「ううん、アメだま」

 細い息を吹きかけて、少女は棒付きのアメを差し出した。
 青年は少しだけ戸惑ったけれど、それを悟られない程度の動きでアメを受け取る。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 舌の上で転がすと、最初はなんの味もしなかった。
 やがてレモン色の味が広がる頃、少女は眠るように目を瞑る。

 その首には、あまりにも不似合いな鎖のネックレス。
 自転車のチェーンロックを見て、青年は意識を現実に戻した。

「疲れちゃった?」
「ううん。だいじょうぶ」
「寝るのなら、帰ろうか」
「もうちょっと、ここにいたい」
「分かった」

 寝惚け眼の少女は、ふと青年の胸元を見た。
 見上げて青年の口元を見る。

「……返すよ」
「ううん。あげる」
「口寂しそうだけど」
「うん。たばこ、ほしい」
「それはちょっと」
「おいしくないから?」
「こどもだから」

 食い下がる少女に、それでも青年は断った。
 三回ねだることもなく、少女は煙草を諦めたらしい。

「でも、ものを欲しがったのは初めてだね」
「ごめんね」
「ああ、いや。いいんだけどさ。煙草以外なら」
「それなら、おさけのみたい」
「……煙草とお酒以外なら」

 じょうだんだよと笑って、少女は手を離した。
 ベンチから離れて、丘陵の柵に手をかける。

 それからしばらく、青年は少女の後ろ姿を眺めていた。
 ワンピース型の白い制服。
 風になびく金色の長い髪。
 垣間見える、鎖の首輪。

 それからしばらくすると、日の出のとき。
 真っ白な世界のなか、少女は青年の方を振り向いた。

「かえろっか」
「ああ、そうだね」

 少女が遠くに行ってしまったように錯覚した青年は、
 その右手に持った煙草を少女に差し出した。

「あげるよ。煙草」
「ううん、いらない」

 自分はなにかを間違えてしまったのだと自覚した青年は、
 その左手に持ったアメ玉を少女に差し出した。

「アメ、ちいさくなってる」
「うん。これで良ければ返すよ」
「うーん……」

 少しだけアメに目を向けて、そのあとで少女は青年の目を見た。
 その右手に左手を、その左手に右手を繋いでみせて。
 
 青年の唇に。
 目一杯背伸びした少女の唇が重なった。

「ファーストキスは、タバコのフレーバー」
「こっちはレモン味だったよ……」
(ss1-8.html/2004-02-22)


/ラストテクノロジーへ
short short 1st
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 忘却のアルケミスト
13 山梔子のスケアクロウ
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 ロストノスタルジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらなきのうた
20 夏の虫
21 夜明けの魔法使い
22 へのもじ
23 道行きの詩
24 マイノリティファントム