カーネーション
ノベルSS1>灰かぶり姫のロンド
Rondo of Cinderella
  1

 いつかどこか、幸せに暮らす父娘が居て、
 娘は星一番に美しい身体を与えられました。
 人形のように白い肌、レモン色の長い髪、ダークブルーの瞳。
 暖かい笑顔を絶やさない、天使のような娘でした。

 父娘のふたり暮らしは、貧乏ながらに暖かいものでした。
 父親は細い身体で多くの仕事をこなし、趣味のひとつも失ってそれでも生きて。
 娘は幼い身体で懸命に家事をこなし、贅沢のひとつも知らず生きていました。
 ふたりは、幸せでした。

 父娘にとって、他界した母親の存在は大きなものでした。
 夢の中で泣いている父親の為に、娘は母親代わりになることを望み。
 母親の胸の中で眠る事を夢見ず、母親の背中を追うことで幸せにすがりました。
 そうしなければ、父親は自分を見てくれないと思い。

 それでも。それさえ無関係に、父親は再婚を望みました。
 ふたりの娘を連れた継母との、五人の生活が始まりました。

 五人の生活は、父親の家出で終わりました。
 継母の仕草に亡き妻を想い出し、想い出を消したくない余り逃げてしまった父親。
 ただそれだけのことで。
 残された四人の心は、等しく壊れてしまいました。

  2

 継母に家事を押し付けられ、ふたりの義姉に部屋を取られた娘は、
 灰にまみれたキッチンで眠りました。
 やがてレモン色の髪は灰だらけになり、灰かぶりと呼ばれるようになりました。
 それでも、灰かぶりは家族の事を愛していました。

 ただの一度も娘扱いされなかった灰かぶりは、母親代わりになることを望み。
 その願いが偽りの家族の中で果たされたと思い。

 灰かぶりは父親を失った哀しみに気付く余裕もなく、家族の為に尽くしました。
 父親の残した僅かな金銭で食材を買い、調理をして洗濯をして掃除をして。
 癇癪を起こし暴力を振るう義姉を受け入れ、なにもしない継母を優しく世話しました。
 ―――灰かぶりも、例外なく心が壊れていました。

 それさえも気付く余裕のない義姉たちは、いつでも笑っている灰かぶりを恨みました。
 父親に棄てられ、母親は何もしてくれない。どうしてこんなに不幸なのだろう。
 灰かぶりだけは自分たちより不幸であって欲しいと、彼女を虐め蔑みました。
 それさえも笑顔で返す灰かぶりに、ふたりは。

 ふたりの義姉は、灰かぶりの首を絞めました。
 不幸を呪って死ねと、強く強く―――

  血の流れを止められること数分の内に
  記憶を紡ぐ器官は、その隔絶にことごとく壊死。
  剥がれる仮面と朽ちていく心。
  あれ? わたしの名前は、なんだっけ……?

 ―――そうして。灰かぶりは記憶を失って。
 父親のことも忘れ、彼女たちを本当の家族だと思うようになりました。

  3

 それからしばらくして、家族はパーティーに招待されました。
 灰かぶりは姉と母親にドレスを仕立てました。

 遠い古城に遠い音楽を聴き、灰かぶりはキッチンで呆けていました。
 虚ろな瞳で知らない女性の写真を抱え、たゆたっていると―――
 ドンドン、というノックを聴きました。
 扉を開けば、見知らぬ男の姿。

「忘れ物を……取りに来たんだ。今日は誰も居ないと思ったから……」
「その、胸に抱えている母さんの写真。……返してくれないか?」

 灰かぶりはよく分からないままに、写真を男に渡しました。
 ……よく分からないけれど、涙が溢れました。
 記憶の代償に感情を取り戻しても、あらゆるものを奪われては泣いてばかり。
 不幸を呪って死んでしまいたくなったとき、母親の形見すら持っていない。

 気が付けば古城に向かっていました。
 灰をかぶった髪のまま、煤けたエプロンを纏い。
 涙で濡れた顔、裸足のままで。
 家族のもとへ、歩きました。

 見たことのない暖かい光が見えて。
 聞いたことのない綺麗な音楽が聞こえて。
 どうしてか、それがとても懐かしく思えました。
 息を切らして、古城の門をくぐりぬけ。

 受付の男は、初めはみすぼらしい格好をしている少女を追い返そうとしました。
 ところが男は、煤にまみれど美しき、ダークブルーに一目惚れしてしまったのです。
 中に入りたいという灰かぶりの願いをいともあっさり許し、言いました。
「ドレスは僕が用意しよう。そこで待っていてくれないか?」

 男が会場を横切るのを目で追う過程、灰かぶりは三人の家族を見つけました。
 家族を目指して、ゆっくりと歩き出して。
 様々な奇異の視線を浴びながら。
 灰かぶりは、母親の胸に抱きつきました。

  4

 ただそれだけで、魔法のように世界が美しく映えました。
 故に、世界は灰かぶりの姫君を愛しました。

 何度も棄てられた母親は、初めて他人に抱きつかれました。
 ただの一度も求められなかった姉は、初めて他人に必要とされました。
 他人は初めて家族になって。
 灰かぶりは、初めて家族に愛されました。

 ずっと母親を演じていた灰かぶりは、泣きじゃくる子供に戻りました。
 その仕草は拙くて、その声はなによりも愛しいものでした。

 その抱擁の中、受付の男がドレスを持って戻ってきました。
 真紅のドレス、銀色のティアラ、ガラスの靴。
 受付の男を演じ、后を探していた王子は、灰かぶりの前にひざまずき、、
 煤だらけの手の平にキスをしました。

 母親と姉と、四人で浴場を借りました。
 人形のように白い肌、レモン色の長い髪、ダークブルーの瞳。

 ―――真紅のドレスを纏った少女は、星一番に、圧倒的に美しい存在でした。
 その顔は天使のような、だけれど泣きそうな笑顔で。

 王子の待つ壇上へ。
 幸せの待つ古城へ。
 王子の前にひざまづき。
 ごめんなさい、とお辞儀をしました。

 友達も要りません。
 お父さんも要りません。
 素敵な王子様も要りません。
 わたしは、家族が欲しいです。

 お姉さん、お母さん。
 わたしはどこにも行かないから、
 お姉さんも、お母さんも、
 どこにも行かないでください。
 わたしの、本当の家族になってください。

 十二時を告げる鐘の音が、古城に鳴り響きました。

  EX

 いつかどこか、幸せに暮らす家族が居ました。
 妹に料理を教わる姉、同じく裁縫を教わる姉。
 家事を娘たちに押し付け、花屋で懸命に働く母親。
 俺はもう王子じゃねェこの家の養子だゼMyシスターと豪語する青年。

 その中心で、いつも笑っている少女は。
 この星で一番の幸福を感じているのでした。
 いつまでも、いつまでも。
(ss1-4.html/2003-08-04)


/蜻蛉の翔べない日へ
short short 1st
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 忘却のアルケミスト
13 山梔子のスケアクロウ
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 ロストノスタルジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらなきのうた
20 夏の虫
21 夜明けの魔法使い
22 へのもじ
23 道行きの詩
24 マイノリティファントム