カーネーション
ノベルSS1>カナシミノセカイ
Famiry Note
  1

 私はひとりの画家に恋焦がれました。
 なので画家になろうと夢見ました。
 暇があれば鉛筆を持ち、テストの裏には絵を描きました。
 夢中になるあまり、消しゴムをかけ忘れたこともありましたが―――

 ある日あるとき、私は母親に叱られました。
「絵を描いてばかりで、それでこの点数」
「絵は……関係ないよ」
「それなら証拠を見せてごらん」
「う、うん……」
 私は次のテストも変わらない点数を取りました。
 けれど母親はなにも言いませんでした。
 なので私は、進んで絵を描かなくなりました。

 私は母親になり、娘を持ちました。
 私の娘には自由な未来を与えようと誓いました。
 なにに憧れようと受け入れよう。
 親は、子供の世界の神様だから―――

  2

 ある日あるとき、私は娘に聞きました。
「大人になったとき、あなたはなにをしていたい?」
「大人になったあとに、すること?」
「そう。将来のお仕事のこと」
「んー。なにもしないでいたい」
「え、それは―――」
「お母さんは?」
「え?」
「お母さんはなにになりたくて、なにになったの?」
「……お母さんはね、あなたのお母さんになりたかったのよ」
「そうなんだ。だったら、お母さん決めていいよ。あたしの将来」
「……え?」
「あたしは、なにになればいい?」
「そう、ね。例えば―――」

 そうして、明日が訪れて。
 娘は夕方になっても帰って来ませんでした。

  3

 でも夜になれば帰ってきました。
「どこに行ってたの?」
「絵を描きに行ってたの」
「だから、どこまで」
「知らないところ」
「……遠くまで行っちゃ駄目だって言ってるでしょう?」
「違うよ。あたしは、それは、知ってるよ」
「なにを言っているの?」
「お母さんの、知らないところだよ」
 娘はその日の対話を報告しました。

  4

「画家にデッサンの取り方を聞くのは、小説家に文章の書き方を聞くくらい無粋だぜ」
「無粋でいいよ。あたしは幼稚園児だもん」
「幼稚園児ね……」
「あなたの描き方を教えてくれれば、それでいいの」
「はっ。そこの幼稚園児、創作活動をなんだと思っている?」
「よく分かんない」
「言ってくれる。有り体に言えば、自分を殺すことなんだよ」
「自殺すること?」
「俗世の煩悩を払うこと」
「普通だね」
「自分らしさとか個性とか、そういうものを否定しているんだぜ」
「最悪だね」
「でも邪魔なんだ。人は他人と繋がることで、共感しあうことで喜びを感じるべきだ」
「芸術だね」
「美味しいものは分け合うべきで、ひとつの絵を見て同じタイトルを付けるべきなんだ」
「でもそれは、クラゲだね」
「……ひとりは、嫌なんだ」
「それが本音?」
「おまえには分からないだろうな」
「分かんないよ。幼稚園児だもん」
「嘘をつけよ」
「千九百九十九年に世界が滅びるよ」
「命令形じゃない」
「説教はおしまい?」
「……まあ、おしまい」
「だったら、描いてみせて」
「画家にデッサンの取り方を聞くのは、小説家に文章の書き方を聞くくらい無粋だぜ」
「無粋でいいよ。あたしはあなたの、娘だもん」

  5

 私はひとりの画家に恋焦がれました。
 けれど憧れているわけじゃないことに気付きました。
 そして『ひとりの画家』と結婚して、そして娘を持ちました。
 自由な未来を与えようと誓いました。

「ただいま」「ただいまー」
 夫と娘がアトリエから戻りました。
 私のお母さんが出迎えたようで、頬ずりでもしたのでしょう、娘が悲鳴を上げました。
「いただきます」「いただきまぁす」「いただきます」
 絵を描く才能はないけど料理の才能だけはあるね、とお母さんが言いました。
 それは米も炊けない母親を持てば、と笑顔で返してやりました。

 私には、絵の才能はありませんでした。
 神は二物を与えないという、それはとても前向きなお話です。
(ss1-7.html/2003-12-21)


/琥珀のマナ娘へ
short short 1st
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 忘却のアルケミスト
13 山梔子のスケアクロウ
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 ロストノスタルジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらなきのうた
20 夏の虫
21 夜明けの魔法使い
22 へのもじ
23 道行きの詩
24 マイノリティファントム
Ruby
対話-デキゴト-