カーネーション
ノベルSS1>貴方の、探しもの
Sherlock Holmes
 物心ついたときから喋っていたし、そんなの当たり前のことだと思っていた。
 男の癖に女みたいな声だなとからかわれるけれど、知ったことじゃない。
 変声期が訪れることもなく、決定的で典型的な攻撃は中学二年生の春。
「おまえ本当は女なんだろ? 男だっていうんならシャツ、脱げよ」
 俺のシャツに手をかけるそいつは、しかしそいつの友達に押し倒された。
 このままじゃこいつが被虐者になると危惧した俺は、希望通りシャツを脱いでみせることにした。
「希望通り脱いでやったぜ。おまえも脱げよ、電気は消すからさ」
 クラスは笑いに包まれて、俺とそいつは一瞬だけお笑いコンビになった。
 からかいを笑いに転化してやったのだから、そいつは俺に感謝してもいいと思う。

 それなのに、そいつは俺の頭を殴りやがった。
 情けないことに、ただそれだけで俺は声を失ってしまった。
 きっと奴は呪術者で、そのパンチは人の声を奪うものなのだと思う。
 声の弔い合戦に燃えて、放課後まで屋上で殴り合った。
 敵は思いの外強かったけれど、それでも執念で勝利を収める。
 ……それなのに。
 呪いはちっとも解けやしない。

  1

 中学二年生の二日目。
 声がなくてもなんとかなるもので、無口キャラクターはクラスにひとりくらい居た。
「きみ、続きを朗読しなさい」
 ふりふりと、首を横に振る。
「ん? 読めないのか?」
 こくこくと、首を縦に振る。
 教室の中、ひとりだけ異人さんの気分だった。
 それでも先生にも友達にも失声症であることは伝えなかった。

 声を忘れて、新学期デビューを外した俺にも彼女ができた。
「私と付き合ってください」
 ステレオタイプに告白される。
 否定も肯定も、答えが言葉であれば格好もついただろう。
 けれど俺にできることはといえば、首を横に振るか縦に振るかしかない。
「あの……」
 時間ばかりが流れていく。
 声のひとつも、流れないのに。
「ごめんなさい。迷惑、でしたよね……」
 だから俺は。
 抱きしめることを、答えにしてみた。

  2

 告白を肯定しても、呪術者である奴との対決は続いていた。
 休み時間は事故を装った攻撃の嵐。
 体育の時間はファウルを連発してばかり。
 呪ったことを後悔させてやるってくらいの連撃をくれてやったのに、奴はちっともダメージを受けない。
 むしろこの状況を楽しんでいやがる。
 サディストは、嫌いじゃない。

 もう互いに動けないってほどに殴り合うと、奴はひとつのアイテムをよこした。
「それ、いま流行ってんだってよ。おまえにやるよ」
 いらない、と奴に返してやる。
「女の子にでもあげればいいじゃん。喜ぶよ」
 おまえがあげればいいだろ、とやっぱり奴に返してやる。
「え、だからおまえにあげてるんじゃん?」
 最後の力を振り絞って、俺は奴に関節を極めてやった。

  3

「今日、途中まで一緒に帰っていい?」「O型なんだ。私と同じだねっ」「字、上手だね。丁寧で可愛い」「運動神経いいんだね! あの子とどっちが上かな」「顔、真っ赤だね。夕焼けのせいじゃないよね?」「あ、ごめんね。今日は部活動に行ってくるね」「私と一緒にいて楽しい?」「どうして喋ってくれないの?」「私、本当はAB型なんだ」「お話があるの……」

「私のこと、忘れてください」

  4

 中学二年生の三日目。
 呼ばれるままに自転車置き場に来てみれば、彼女は妙に元気だった。
「おはよう!」
 俺は首を縦に振った。
「ばいばい!」
 俺は首を横に振って、彼女の右手首を掴んだ。
「冗談だって。あまりこっちに来ると危ないよ」
 言って後ろに歩いては、俺に背中を向ける彼女の姿。
 その奥に見えた速すぎるサッカーボール。
 標的は彼女で、気付けば俺は彼女の盾になっていた。
「……え? 私のこと、護ってくれたの?」
 彼女を抱き倒して護れば格好良かったのだろうけれど、異性と意識している異性に触れるほど男でもなかったので彼女の前に出ることで護ってみせた。
 格好悪かったよね、と首を横に振る。
「格好良かったよ。ありがとね……」
 言って彼女は、俺を抱きしめてくれた。
 首に当たった時計盤が、冷たくて気持ち良かった。

  5

 中学二年生の四日目、自分の寝言で目を覚ます。
 保健医の蹴ったサッカーボールで取り戻せたのだという仮説を立てる。
 妹に声をかけて、母親に声をかけたあとで彼女に電話をかけた。
「おまえなんか大嫌いだ!」

  EX

『っていうかおまえ誰だよ』
「はっ。とぼけるなよ、おまえが馬鹿にした声だろ」
『あ? もしかして、ハニー・ボイスか?』
「なんだその二つ名」
『なんだおまえ、声を取り戻したのか。つまんねー』
「待ってろよ、いまからその口にとても人には言えないものを噛ませてやる」
『相変わらずエロいなー。声は女なんだから、性格も女のそれをトレースしろよ』
「おまえが言うな」
『あたしは別に。自分の口調も性格も大好きだし』
「それなら人の声を馬鹿にするなよ」
『ごめんなさい』
「許す」
『偉そうに……』
「ん?」
『いえなにも』
「まあいいや」

「それじゃ、また明日な!」
(ss1-13.html/2004-11-06)


/ノーバディノウズ・ワールドエンドへ
short short1
Title
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 私を、忘れもの
13 貴方の、探しもの
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 リラストテクノロジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらのえかきうた
20 夏の虫
21 十二時の魔法使い
22 へのもじ
23 ガールハントメモノート
24 マイノリティファントム
/エスエスワン・インデックスへ