カーネーション
ノベルSS1>蜻蛉の翔べない日
School of Amber Grow
  1

 空は薄い青色。
 近い太陽に映える、琥珀色の校舎。
 ぎい、と扉が開いて。
 ひとりの他人が屋上へとやって来ました。
 光に映れば、それはジャージ姿の不良生徒。
 わたしという先客に気付き、若干の躊躇をしたあとで。
 柵に手をかけるわたしに、その子は言いました。
「……きみも、死ぬの?」

「とても斬新な挨拶ですね」
「ああ、違うならいいんだ。まるで幽霊みたいだったから、先客かと思ったけど」
「……あなたの用件は、この柵ですか」
「そういうこと。そこ、どいてくれる?」
「この柵を使って、なにをするつもりですか?」
「なにって……」
「斜め懸垂?」
「鉄棒でやるよ」
「布団を干すとか」
「どう見ても手ぶらじゃんか」
「それならあなたは、空との境界線に、なにを」
「いや、用件は柵の外なんだけどね。重力加速度とコンクリート」
「……自殺志願者」
「そういうこと」
「死ねばいいのに」
「意味分からないって」
「それなら、イフの話をしましょう」
「唐突だね。でもま、いいよ。冥土の土産ということで」
「たとえばあなたが、家族に虐待されている道化だとして」
「たとえがいきなりディープだよ」
「恋人や友達の家を梯子して、生き延びてください」
「や、恋人も友達も居ないんだけど」
「たとえばあなたが、クラスに虐められているお人形さんだとして」
「立て続けのたとえ話?」
「引きこもりになってでも生き延びてください」
「いや、家族に虐待されているんじゃなかったのかよ!」
「たとえばあなたが、世界と噛み合えない人間失格だとして」
「まだ続くの……?」
「人間を、合格してください」
「それができたら世の中はもっと美しいだろうね」
「あなたはどうして生きているんですか?」
「いや、だからこれから死のうとしているんだけど」
「有り体に言えば、死にたいと思った瞬間に死ねばいいじゃないですか」
「いや、だからきみが邪魔してるんじゃないか」
「邪魔というのなら、きっと話しかけることもなかったのに」
「なにか?」
「舌を噛み千切って死ねと、言いました」
「それ死ぬほど苦しいらしいよ?」
「手段を選ぶようなら、そんなのは偽物です」
「……るっさいなー。きみが居なかったら、とっくに結果を出してるんだよ」
「柵は、四方にありますね」
「ん? あぁ―――」
「溺れる者は藁にもすがるという話です」
「―――本気でうるさいな。分かったよ、それなら舌切り死体を晒してやんよ」
「よいしょ」
「なんだよ―――ってきみ、柵! なんで柵越えてるんだよ!」
「実はわたしも自殺志願者でした」
「え?」
「あなたを救えなかった結果を、自分に投影させてみれば」
 それは痛いくらいに寂しかったから。
 迷わずに柵の外へ、
 床の終わりへ、
 外の始まりへ、
 生命を終わりにしようと、
 飛び降りました。

  2

「―――え?」
 名前も知らない少女が、飛び降りた。
 躊躇いなんてひとつもなく、風にさらわれるように。
「な―――んだよ、それ」
 彼女が飛び降りた柵には、怖くて近寄れなかった。
 でもだって、見下ろせばきっと血と死体。
 死ぬということ、その意味を。
 彼女の死をもって、初めて体感した!
「ああああああ!」
「なんちゃって」
「ああああああ!?」
 ぴょこん、と柵の向こうに現れる少女。
 まるで羽根でも生えているような、軽いステップで。
 その立ち位置で対話を続ける。
「冗談です。わたし、死にたくありません」
「いやそんなことどうでも! なんで生きてんのきみ!?」
「簡単な話。この下に、飛び降り防止用のスペースが用意されていたので」
「あ―――ああ、そうか。そうだよね。危ないもんね!」
「自殺志願者がなにか言ってる……」
「あはは。ってもきみ、そんなスペース狭いだろうに。怖くなかったの?」
「高いところや暗いところは慣れています。慣れないのは、狭さだけ」
「慣れって……とにかく、危ないから戻ってきて」
「スカートなのに……」
「気にしない。女同士じゃん」
「男みたいな口調して」
「まあ男だからね」
「もう、なんでもいいです。減るものじゃなし」
「やめ、柵の上で逆立ちすんなー!」
「どうせ落ちないですから」
「ごめん本当にやめて……!」
「よいしょ。……ところであなたが屋上に居るということは、いまは放課後ですか?」
「いや、授業中。六時限目だね」
「エスケーパー」
「人のこと言えないだろ。っていうかきみ、どうやってここに」
「非常階段をよじ登って」
「見かけの割にすごい運動性能だよね。さっきのスカートでの逆立ちといい」
「十年も変わらない身体を持てば、その動かし方くらいいい加減で憶えますよ」
「さっきから不思議なことばかり言うし」
「あなたに言われたくありません。世の中はもっと美しいとかなんとか」
「……それが自殺理由なんだけどね。今更だけど」
「見かけによらず敏感肌なんですね」
「その一言で片付ける?」
「人は思ったより人を見ていないものですよ」
「ん。無関心なら助かる。人に嫌われるのは、人と関わらないより嫌だからね」
「それならわたしは無敵ですね」
「おう。そういうことで、あたしは自害を控えることにした!」
「あれ、本当に女子だったんですか?」
「疑ってたのかよ」
「ジャージですし」
「普通の格好してると、モテて仕方ないからね」
「中性的な顔立ちは、どちらの性別からも好まれますからね」
「愛されるより愛したいよ」
「……わたしは、愛してあげる代わりに、愛して欲しいです」
「人それぞれだね」
「お互いにお互いを羨望して、明日を生きましょう」
「うん。お互いがお互いの理想で在り続けるよう、頑張ろっか」
「はい。わたしの為に死なないでくださいね」
「約束するよ、お姫様」

 それから少しだけ恋話をして、隣にはリフティングする男子生徒。
 彼が去ってから放課後を告げるチャイムが鳴り、それじゃ行きますねと彼女は言った。
 あたしはもうちょっとここに残るよと返すと、
「また明日」
 と、少し寂しそうな眼であたしを見る。
 それだけで切なくなってきたので、あたしは柵の上に腰掛けた。
 人がゴミのように映えて、ゴミのような人に唾を吐く。
 愛されているだなんて真っ赤な嘘。
 家族に虐待されてクラスに虐められている、世界と噛み合えない道化人形。
 好きな人は、きっとたぶんあたしの同族。
 蜻蛉の翔べない、雲の流れの速い日に。
 あたしは彼女と出逢って、そして。
 二度と逢うことはなかった。
(ss1-5.html/2003-09-14)


/そらのうたへ
short short 1st
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 忘却のアルケミスト
13 山梔子のスケアクロウ
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 ロストノスタルジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらなきのうた
20 夏の虫
21 夜明けの魔法使い
22 へのもじ
23 道行きの詩
24 マイノリティファントム
Ruby
敏感肌-ナイーブ-
同族-ナカマ-