カーネーション
ノベルSS1>カナシミノセイカ
TrickStar
 私が小説家に焦がれたのは四年ほど前で、ああ、その頃はよかったなあ。夢のない世代だった。夢なんていうのは無理に探すものじゃなくて、そこら辺に落ちているものだっていうのをみんながみんなよく知っていた。だから「将来の夢」に「事務の仕事をしたいです」と書いても、「なんだか格好いいなあ」なんて言ってもらえたりする、天国のような世代だったのだ。
 もちろんその頃の私は中学三年生で、普及し始めた携帯電話を先入観で嫌っていて、ひたすらゲームと漫画の世界に埋没していた。携帯電話を嫌った理由は流行っていたからだろう。流行に流されないでいれば個性というものをしっかり持っているなどという、廃れた勘違いが流行していたのだ。
 そんな分かりやすい私は普及し終えた携帯電話を手にして、手にしていなければ落ち着かなくて、眠る時は携帯を抱いて眠る携帯依存症。多機能・高性能化によるバッテリーの消費率に大きく悩まされる、「悩み少なき最近の若者」になってしまった。
 自己紹介を忘れていた。私の苗字は小森、名前は不肖。普通を目指している普通の子だ。母親が居て、弟が居る。シーズーも居る。現役で夜間定時制高校に入学、卒業し、その課程でアルバイトを二年間くらい経験した。在学は四年間なのに、あれおかしい。元々は私立の高校に入るつもりだったのに、父親の暗躍で破綻してしまった悲劇の人生。でも働いたのは在学期間の半分で、残り半分くらいは夜遊びをしていて、つまりは「普通」の人生だったのだ。
 いつの間にか社会人になっていて、それも不景気。「事務の仕事」をしたかったのに、やっているのは「営業の仕事」だった。同世代の子が居ないという「普通」の悩みを抱えつつ、仕事の為にいくつもの趣味を切り捨てた。漫画とゲームを切り捨てたら意外と身軽になったので、典型的なゲーム・アニメ世代だったのだなあ、と再認識している。
 残った趣味は小説と映画で、前者は中学三年生、後者は高校時代に得たものだった。後付けなだけあって読了数も観了数も少ないけれど、きっとこの二つは最後まで残ると思う。「趣味」なんて項目は、二十歳を過ぎた辺りから初めて決めればいいと思うのだ。「将来の夢」も「特技」も、その頃からでいいと思う。私が遅熟なだけと言われれば、それまでだけれど。
 料理を「美味しい」と思えば料理に関する夢を見ると思うし、トリップする音楽に出逢えば「奏でたい」と願うと思う。入力欲はやがて出力欲を産む気がする。褒められれば、感銘を受ければ。きっかけは、やっぱり入力から始まるのだ。
 私が小説家に焦がれたのは四年ほど前で、中学三年生で、冬の初恋だった。好きな人が小説を趣味にしていたから、だから私も小説を読み始めたのだ。動機が不純だったせいか、好きな人から借りた小説はよく分からなかった。流行を嫌っていただけの私は、結局流行っていないものを理解しがたかったのだ。だってそれは流行っていない。多くの人が理解していることじゃない、不安定な世界。中学生で百冊単位を読んでいた好きな人は、やっぱりマイノリティだったのだろうな、と思う。最近になって読み直したら恐ろしくパワーのある小説だったので、好きな人に追いつくのに四年もかかったことになる。初めはパワーじゃなくてキレイさを求めて欲しかったな、と言い訳してしまうけれど。
 好きな人の辿り着いた領域なら、確かにそれは「将来の夢」「小説家」と書いてもいいと思う。見えないところを指さして辿り着きたいと言っているのではなく、好きな人にはちゃんと見えていたのだ。自分の居る位置と目標地点をしっかりと把握していて、そこに向かって突き進んでいった。それは「なんだか格好いいなあ」なんてことじゃなく、「ものすごく格好いい」ことだったのだと思う。
 そんな人の邪魔をするわけにはいかなかったから、私の恋心なんてどうだってよかった。ただ前だけを見て、やっぱり後ろも確認したりして、後ろを確認する時は後ろ歩きで前進して欲しいなあ。また前を見た時に、さっきより進んでいて嬉しくなって。そんな遊びを含めながら、最後には前向きにゴールして欲しい。
 いつかゴールで待ち合わせできると、いいと思う。
 走る才能なんていらないのだ。

 なんてキレイな話だったら、格好よかったのにね。
(ss1-18.html/2004-11-20)


/そらのえかきうたへ
short short1
Title
01 カノンコード
02 恋の準備運動
03 へのもへ
04 灰かぶり姫のロンド
05 蜻蛉の翔べない日
06 そらのうた
07 カミナシノセカイ
08 琥珀のマナ娘
09 ラストテクノロジー
10 イノセントソネット
11 ノーバディノウズ・ミレニアムアーク
12 私を、忘れもの
13 貴方の、探しもの
14 ノーバディノウズ・ワールドエンド
15 イノセントカスタネット
16 ロストノスタルジー
17 群青色の盟約
18 カナシミノセイカ
19 そらのえかきうた
20 夏の虫
21 十二時の魔法使い
22 へのもじ
23 ガールハント・メモノート
24 マイノリティファントム
/エスエスワン・インデックスへ