カーネーション
ノベルSS2>ほしのうた
Stille Nacht
  0

 いつかどこか、男の子と女の子が居ました。
 男の子の耳は音を捉えません。
 女の子の目は光を映しません。
 ふたりはお互いにお互いを支える、童話のように優しい姉弟でした。

 童話には、過酷な命運がツキモノだけれど―――

  1

 昔々。
 女の子の瞳がまだ光を宿していた頃、女の子は父親と母親に捨てられました。
 拾われた先は孤児院を兼ねた小さな教会。
 女の子を抱えた神父のもう片方の手には、眠る男の子の後ろ姿。
 そうしてふたりは、五ヶ月違いの姉弟になりました。
 役割的には兄妹のそれに近く。
「シドちゃん」
「なに」
「私のこと、好き?」
「それはない」
「プルーンは?」
「好きだけど」
「優しいお姉ちゃんが分けてあげましょう」
「ヤッター」
 男の子に甘えてばかりの女の子は、本当はプルーンが好物だったりしました。
 複雑な愛情表現は、余裕の狭さから生まれた歪みでしょうか。
 心情的には、ふたりまとめて神父に誘拐されている感じ。
「ソラ」
「お姉ちゃんって呼びなさいって言ってるでしょー」
「お姉ちゃん」
「なに?」
「パンツ見えてるよ」
「それは一行目で言って!」
 明るく愉快な女の子とじゃれ合って、男の子はそれなりに幸福でした。
 神父は教会の仕事を与えることなく、優しくて。
 代わりに女の子が泣かされていることなど気付きもせず。
 過酷な命運は、幼い身空に牙を剥きました。

「や、だ。そんなのかけないで!」
 ―――子供の居ない神父は、子供を大人扱いして。
「痛い、痛いよぅ……!」
 ―――過酷な命運を敢えて担う、神としての父親を。
「どうして? どうして私だけなの?」
 シドにはこんなことしないくせに、と姉は涙目で呟いて―――

 そしてその視界は真っ白に染まり、女の子の目は光を映さなくなりました。

  2

 昔。
 男の子の耳がまだ音を捉えていた頃、ふたりは対話を重ねることで繋がっていました。
 空白の世界で生きている姉は沈黙を恐れ、とはいえ触れ合うのは気恥ずかしいから。
 夜伽話をせがむのは恥ずかしくないけれど。
「いまは昔―――」
「かぐや姫!」
「クイズじゃない」
 正解だけどと呟いて、今日も独白は対話へと昇華します。
「かぐや姫の物語って、続きそうな終わり方だよね」
「竹取物語は序章に過ぎないって?」
「そう。そして第二巻、月面戦争物語へと続くのだった!」
「童話を血塗るのが好きなお姉ちゃんだこと」
 対話は圧倒的に続くけれど、戯言と見て省略。
 夜更かしの夜、寝不足の朝。
 女の子は男の子の腕に巻き付いて、道行きの詩を唄いました。
 他人の視線なんて言葉通りに気にならない醜態。
 代わりに男の子が泣かされていることなど気付きもせず。
 過酷な命運は、時間差で牙を剥きました。

「         」
 血塗られた額と、鳴かない三毛猫。
「             」
 目蓋を開けば、女の子の泣き顔。
「            」
 君の声は、聞こえない―――

 男の子の耳は音を捉えなくなり、そしてふたりの世界を繋ぐ『対話』は断ち切られました。

  3

 月の病院。
 白い部屋。
 ベッドに横たわる男の子と、椅子に座る女の子。
 触れ合えるほど近くにあって、だっていうのに誰より遠い心の距離。
 聾唖と盲目の隔絶は絶望的で。
 共依存は最悪のカタチで崩壊する。
「シド―――」
 ふたりでひとつという共有感は既になく。
 ひとりでふたつという万能感は虚無の彼方。
「あなたの感情は、顔と文字でしか表現できないんだね」
 返事はなく、表情は見えない。
 広い世界でひとりぼっちになってしまったよう。
「私には見えないよ……」
 君がなにを言っているのか分からないよ。
 そして繋がらない世界の認識。
「私の声だって、届いていないんだよね?」
 いままでは、男の子が居たから『盲目』であることは大した障害ではなかった。
 恐怖ではあったけれど、不幸を嘆いたりはしたけれど、それだけだった。
「私たちは―――ふたりでひとつなんだって、言ってくれたよね」
 甘える弟を失って、自らの弱さに吐き気がする。
 嘘を吐いても許される気がした。
「私があなたの耳になってあげるよ、これからは」
 童話のように真っ赤な物語。
 過酷な命運は、最後に教訓を与えました。

『なかないで』
 ベッドの上に引き上げられて、男の子の胸の中。
『ソラ』
 男の子の鼓動と息遣いは、恥ずかしげもない安らぎの体温。
『ぼくはここにいるよ』
 指先で綴られた文字は、女の子の背中に刻まれました。

 そしてふたつの世界は再接続を果たし、ふたりは呪われた童話を軽々と飛び越えました。

  4

 幸せにおなりなさいと、ロマンの物語は告げるのです。
 シナリオに合わせなさいと、アナグラムは唄うのです。
 閑話休題、クリスマスの夜。
 ふたりは教会のバルコニーで手を繋いでいました。
 空は晴れて、満天の星空。
 青色の瞳に銀色の星を嵌めて、女の子は歌を唄いました。
 聖夜に煌めく、星の詩を。

「にゃーん」

 三毛猫は鳴き、文章は続きます。
 絶望に流されないふたりには、祝福の運命を。
 昔々。
 神父は見返りを求めない優しさで、女の子に眼鏡を与えました。
 女の子は耳が痛いと駄々をこねたけれど。
 いまでは盲目の眼鏡っ娘として、叙述トリックの犯人に躍り出たりしているそうな。

 ―――童話には、過酷な命運がツキモノだけれど。
 最後には、幸せな記憶に導くのが―――主人公の役割という話です。
(ss2-17.html/2007-10-17)


/雪と月と花の季節へ
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01 黒猫のフーガ-Volevo Un Gatto Nero-
02 仔牛の翼-Donna Donna-
03 夜明けの晩に-Ring Ring-
04 おじいさんのロボット-Grandfather's Clock-
05 灰かぶり姫は居ないのに-Galopp-
06 ヴォルケイノサーカス-Funiculi Funicula-
07 ふたりの子-Seven's Children-
08 墓場の手紙-Massa's in De Cold Ground-
09 きみの居る世界-Barbara Allen-
10 銀色人形姫のソワレ-Eine Kleine Nachtmusik-
11 人魚姫のレクイエム-Requiem-
12 人魚姫のレクイエム-Die Lorelei-
13 ファイナルノスタルジア-Ikaros-
14 夢の夜の真夏-Midsummer Night's Dream-
15 隷属のラストサディスト-Traumerei-
16 悠久のリインカネーション-Jeux Interdits-
17 ほしのうた-Stille Nacht-
17 ほしのうた-Stille Nacht-
18 雪と月と花の季節-Those were the Days-
19 シュレディンガーの地球儀-Korobushka-
20 ノクターナルミレニアム-Hallelujah-
Ruby
歪み-ヒズミ-
空白-ヒカリ-
繋がらない世界-ディスコミュニケーション-