カーネーション
ノベルSS2>ヴォルケイノサーカス
Funiculi Funicula
  1

 いつかどこか、可哀想で可愛い少年の物語。
 少年には父親が居て、父親しか居ませんでした。父親は少年に無関心。家事を強制することはないものの、食事を与えてくれることは少なくて。暴力こそ振るわないものの、病のひとつも看てくれませんでした。
 少年に与えられた言葉は少ないもので、少年は十四歳になっても百に届かない言葉しか繰ることが出来ませんでした。辿々しいその口調と、平均より遙かに低い背丈と、父親とお揃いの茶色の髪。果たしてそのどれが理由なのかは分かりませんでしたが、少年は村のほぼすべての人から拒まれました。危害こそ加えないものの、無視されること十四年。少年は村人を諦めました。
 諦観に埋もれるある日のこと、珍しく父親が少年に声をかけました。
「サーカスに行こう」
 少年はサーカスというものを知りませんでしたが、父親に誘われたことが嬉しくて懸命に頷きました。
 背中を追ううちに遠い街の広場へ着いて、父親とふたり、用意されていたベンチに座りました。疲労感に眠ること数十分、誰かの大きな声で目を醒ましました。視界は橙色で、視線の先は炎でした。火の棒を振り回す子供。火の輪くぐりをする子供に、火の中を踊ってみせる子供。狭いステージで子供と子供と子供たちが見せ物をしていました。観客はみな大人でした。
 なにが面白いのかよく分からないまま茫然としていると、父親が居なくなっていました。サーカスの終わり。帰っていく大人たち。観客席に残ったのは、少年と少年より年下の子供たちばかり。
 やがて座長と名乗る男がやって来て、「こっちに来い」と言いました。戸惑って立ちすくむ子供たちの中、少年だけは迷わずに付いていきました。
 座長の言葉は、少年に与えられた初めての命令でした。

  2

 ヴォルケイノサーカス団は、そのすべての団員が年端もいかない子供でした。うち殆どが親に売られた子供たち。座長だけが四十歳ほどの痩せた男。座長の「指導」が優れているらしく、サーカス団は国でも五本の指に入る知名度でした。
「おまえらは、まずは掃除洗濯炊事買い出しの雑用係な」
 新入りの子供たちはみな俯き、その多くは泣いていました。少年だけが慕うように座長を見ていました。座長は少年を気に入り、多くの仕事を与えました。言葉が理解できないことが多かったけれど、それでも少年はよく働きました。サーカス団で唯一と言えるほどの明るさを持った少年。その原動力は、例え命令であっても「構ってもらえる」という、犬のような―――
「おい赤犬。おまえそろそろステージに上がれ」
 新入りの中で、少年は誰よりも早くステージに上がることを許されました。その初陣は白眉で、少年は見事に炎の中を舞って見せました。踊る髪は炎の色で、まるで少年の為にサーカスがあるような錯覚。
 しかし観客は喜びませんでした。弱者を見る為に集まった観客は、成功よりも失敗を望んでいました。ブーイングこそしないものの、その目は氷のように冷たくて―――

  3

 座長は「誰も成功なんて求めちゃいねぇんだよ」と少年を責め立てました。叱られたこともまた初めて。少年は音もなく泣きました。よく分からないままに泣きました。慣れていないことの喜びは二倍。驚きも哀しみも憎しみも、きっと二倍。
 泣いて、泣いて、そのあとに。少年は座長を殺しました。
 サーカス団から金銭を略奪した少年は、元居た家を目指しました。遠いけれど大丈夫。少年は赤犬。焦げ茶色の髪の毛を撫でつけて、少年は帰巣本能の赴くまま父親のもとへ帰りました。
「ただいま、お父さん」
 二ヶ月前より大分はっきりした口調で、少年は言いました。
 父親は驚いていたけれど、怒ったりはしませんでした。いつもどおりの無関心。少年はそれを心地よく感じて、略奪した金銭を父親に渡しました。父親は少年のためにお金を使うことはあまりなかったものの、代わりに髪を撫でてくれました。
(ss2-6.html/2005-02-06)


/ふたりの子へ
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01 黒猫のフーガ-Volevo Un Gatto Nero-
02 仔牛の翼-Donna Donna-
03 夜明けの晩に-Ring Ring-
04 おじいさんのロボット-Grandfather's Clock-
05 灰かぶり姫は居ないのに-Galopp-
06 ヴォルケイノサーカス-Funiculi Funicula-
07 ふたりの子-Seven's Children-
08 墓場の手紙-Massa's in De Cold Ground-
09 きみの居る世界-Barbara Allen-
10 銀色人形姫のソワレ-Eine Kleine Nachtmusik-
11 人魚姫のレクイエム-Requiem-
12 人魚姫のレクイエム-Die Lorelei-
13 ファイナルノスタルジア-Ikaros-
14 夢の夜の真夏-Midsummer Night's Dream-
15 隷属のラストサディスト-Traumerei-
16 悠久のリインカネーション-Jeux Interdits-
17 ほしのうた-Stille Nacht-
18 雪と月と花の季節-Those were the Days-
19 シュレディンガーの地球儀-Korobushka-
20 ノクターナルミレニアム-Hallelujah-