カーネーション
ノベルSS2>ファイナルノスタルジア
Ikaros
  1

 昔々あるところにドーム型の国がありました。中は巨大な学園都市になっていて、国民の九割は子供でした。残りの一割である教師以外に大人は居ませんでした。
 親の顔を憶えていない子供たちは、生まれてすぐに教師の手によって育てられました。言葉を憶える頃になると幼稚園に入れられて、友達が百人できる頃には小学校に入れられました。国の外に出ないままに中学校を卒業して、高校を卒業しました。
 十八歳になった子供たちは、進学か就職かを迫られました。そこで問題が生じました。この国では子供を持たない国民の移住を認めていないのです。結婚できる年齢は、男女ともに二十歳でした。
 それを聞いて多くの子供たちはこの国の仕組みを理解しました。親の顔を憶えていないのは、子供を産んですぐに移住したからで。ここは学園に支配された狂った国だったのだと知りました。
 予感はありました。勘のいい子はずっと前から気付いていたのでしょう。育ててくれた教師は、ひどく不器用だったり不細工だったり、癇癪持ちだったりしました。虐待された子供も多く居ました。教師のすべては負け犬で、学園生活はつまらないものでした。
 子供たちはずっと国の外に出たいと思っていました。国の仕組みを理解した者から順にパートナー選びを始めました。一生の問題である筈の子作りは、国を出る為の手段になり下がりました。
 とはいえ流石に適当に相手を選ぶ者は少なく、結婚の前に恋愛という概念を挟みました。なにしろ高校を卒業してから二十歳になるまで、二年間の時間が用意されているのです。ある者は遊び、ある者はより深い恋愛にのめり込みました。
 それは勉強ばかりしていた学生時代に比べて、随分と幸せな時間でした。

  2

 ここで主人公を紹介しましょう。二十歳になったばかりの新郎と、同じく二十歳になったばかりの新婦が居ました。ふたりは一年間の交際期間を経て、結婚を誓い合いました。幼馴染み婚の多いこの国の中では珍しく、付き合う以前のお互いを知らないという恋愛のような恋愛だったと新郎は言いました。
 結婚式。この国の民はみな親戚が居ないので、本人同士の好きなようにやるのが通例でした。それでもふたりは教科書に則って、学校のチャペルで指輪の交換をして、寮の新郎の部屋で簡単な披露宴を行いました。
 お互いの友達が自分の部屋に戻った頃、ふたりはひとつのベッドで眠りました。そこで以下のような対話を交わしました。
「やっぱり幼馴染みの友達と比べると、私たちはぎこちないですね」
「だから楽しいのさ。僕たちの物語は、始まったばかりだ」
「えへへ。私、貴方をパートナーに選ぶことができて、本当によかったです」
「外の世界に出たら、まずなにをしたい?」
「そうですね。いままでの分を取り返して、世界一周旅行とか」
「おいおい。まずは働いて金を稼がないことには、そんなこと」
「だから、夢の話です。私たちの人生は、まだ始まったばかりですから」
「……そうだったな」
 そう言って、ふたりは成人の儀を行いました。

  3

 しばらくして、新婦は七つの子を産みました。
 それは夜のことでした。ふたりは半日だけ赤子と一緒に過ごしたあと、赤子をバスケットに入れて寮をあとにしました。
 ドームの中央に位置する寮に対して、ドームの端を三百六十度囲うようにして建っている学校。食堂も娯楽もすべてその中に入っているので、ふたりはお互いの友達すべてに挨拶をして、それから職員室へ行きました。教師に赤子の入ったバスケットを渡します。
 でっぷりと太った、顔に斑のある教師が言いました。
「たくさん産んだね」
「頑張りました」
「悔しいなあ。俺も結婚したいよ」
「まだ間に合いますよ」
「っはは、戯言を。うん、この子は俺が育てるよ」
「お願いします」
「この国でやり残したことは?」
「ありません」
「……分かった。外の世界に、案内しよう」
 教師は立ち上がり、そして職員室の奥へとふたりを導きました。そこには黒い扉がありました。教師がその横に付いていた電話機を手に取ると、やがて校長先生と教頭先生、それから日直当番の先生が職員室に戻ってきました。
「出国おめでとう」
 そう言って、三つの鍵を教師と新婦と新郎に渡しました。
 教師が日直当番の管理していた鍵を挿すと、黒い扉は重い音を立てて開きました。扉の先は下り階段でした。教師と一緒に、ふたりは階段を下りました。
 黒い扉は教頭先生の手によって閉められました。

  4

 階段は割とすぐに終わり、そこからは長い廊下が続きました。学校の廊下とはまた違った、それは床も壁も天井も真っ黒な空間でした。照明は薄暗く、まるで洞窟の中に居るみたい。
 二分ほど歩くと、そこにはまた黒い扉がありました。
「教頭先生に渡された鍵を挿してごらん」
 言われるままに新婦が鍵を挿すと、黒い扉はまた重たい音を立てて開きました。
「まるでなにかのアトラクションみたいですね」
「まあ、実際は生徒を逃がさない為の『本物』なんだけどね」
 扉の先には、また黒い扉がありました。
 こんどは新郎が、校長先生に渡された鍵を挿す番です。
「脱走した生徒って、いままで居るんですか?」
「居ないよ。その筈だ」
 新郎が扉を開けると、その先には赤い扉がありました。扉の横には数字を入力するパネルがあって、なるほどセキュリティは子供相手であれば十全であるといえました。
「俺はここまでだ。子を設けていないからね、外には出られない」
 そう言って、教師は十二桁の数字を入力しました。
 赤い扉が横にスライドして開かれると、そこは紫色の花畑でした。ふたりは心持ち急ぎ足で外に出ました。見渡す限りの花畑に感動していると、すぐに赤い扉が閉まり始めました。
「さようなら、ウェンディ」
 扉の向こうで先生は小さく手を振っていました。ふたりが大きく手を振り返すと、扉は完全に閉まりました。そして出国は完了しました。
 新郎が頭の後ろに手を組んで言いました。
「僕、扉の奥には死刑台があるのかと思ったよ」
「確かに教頭先生が扉を閉めたときは、怖かったですよね」
 それでもやっぱり外の世界はあったのだ、これはデッドエンドの物語などではないのだと喜んだふたりは、手を繋いで花畑の中を舞いました。その演舞時間の長さに疑問を抱いた頃、酔ったように踊るふたりは花の香りにあてられて眠ってしまいました。

  EX

 そこにガスマスクをした商人が現れて、眠ったふたりに犯罪者用の首輪を嵌めました。それでもふたりは犯罪者などではなく、むしろ商人の方が犯罪者であると言えたので、ふたりは奴隷として売り払われることになるのでしょう。それはあるいは、愛玩動物として。
 愛すべきは、ピンと立ったその兎耳と。
 ぴょんぴょんと跳ねるその膂力。
 昔々あるところにドーム型の国がありました。それは種自身に種を育てさせるという、自然に似た環境を生み出す為の兎小屋でした。「うさぎ追いしあの山」として機能していた「ふるさと」は、より美しい容姿の男女しか出荷しない最高品質のメーカーとして知れ渡るのです。
 その名はファイナルノスタルジア。
 菜食で臆病者、性欲の旺盛な人型はいかがでしょう?
(ss2-13.html/2007-01-13)


/夢の夜の真夏へ
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01 黒猫のフーガ-Volevo Un Gatto Nero-
02 仔牛の翼-Donna Donna-
03 夜明けの晩に-Ring Ring-
04 おじいさんのロボット-Grandfather's Clock-
05 灰かぶり姫は居ないのに-Galopp-
06 ヴォルケイノサーカス-Funiculi Funicula-
07 ふたりの子-Seven's Children-
08 墓場の手紙-Massa's in De Cold Ground-
09 きみの居る世界-Barbara Allen-
10 銀色人形姫のソワレ-Eine Kleine Nachtmusik-
11 人魚姫のレクイエム-Requiem-
12 人魚姫のレクイエム-Die Lorelei-
13 ファイナルノスタルジア-Ikaros-
14 夢の夜の真夏-Midsummer Night's Dream-
15 隷属のラストサディスト-Traumerei-
16 悠久のリインカネーション-Jeux Interdits-
17 ほしのうた-Stille Nacht-
18 雪と月と花の季節-Those were the Days-
19 シュレディンガーの地球儀-Korobushka-
20 ノクターナルミレニアム-Hallelujah-
Ruby
斑-ブチ-