カーネーション
ノベルSS2>ふたりの子
Seven's Children
  0

「あたしはよその子なんだ」
 そう叫んでも、両親はなにも言い返さなかった。

  1

 あたしの家はお父さんが居てお母さんが居てお姉ちゃんが居る。
 だから片親の人の気持ちや苦労は分からない。とりあえずそう主張しておく。
 分からない代わりに、あたしは家族に不満を持たなかった。
 お父さんが居てお母さんが居てお姉ちゃんが居ることは幸福なんだと主張していた。
 そうしないと、片親世代のクラスメイトと話がしにくいのだ。
 母親が居ない人に「鬼ババ」なんて言ったら刺されるのだ。
 だからあたしは、誰にも家族に対する不満をぶつけたことがない。
 不満を持たなかった、と主張したからにはぶつけることができない。
 けれどこのままじゃ潰れてしまう。
 だからあたしは、文章にして表すことにした。
 拙い文章だけれど、そこは我慢して欲しい。
 と言っても、読むのは未来のあたししか居ないだろうけれど。

  2

 あたしは両親に嫌われている。
 それは絶対に嫌われている。
 両親はあたしよりお姉ちゃんの方が好きなのだ。
 それは絶対にそうなのだ。
 例えばお姉ちゃんにばかり新しい服を買い与えて、あたしはお下がりばかりだったり。
 例えばお姉ちゃんの方がお小遣いをたくさんもらっていて、当時のお姉ちゃんと同い年になってもあたしの方が少ないお小遣いだったり。
 例えばご飯をおかわりするのが同時だと、いつもお姉ちゃんにご飯をよそって上げたり(我が家のご飯は炊飯器の都合上ふたりまでしかおかわりが出来なくて、いつも絶対にお父さんがおかわりするのだ)。
 些細なことばかりだけれど、当の本人にして見ればこれは重要なことなのだ。
 別にあたしは新しい服が欲しいわけでもたくさんのお小遣いが欲しいわけでもおかわりが欲しいわけでもない。
 本当は欲しいけれど、そんな浅ましい人間に見られたくないのだ。
 人に不幸を語るのなら、もっと大きなことを書かなければならない。
 と言っても、これを読むのはあたしだけなんだけどさ。

  3

 高校入試のときのことだ。
 そのときお姉ちゃんは既に私立高校に通っていて、あたしの受験勉強を見てくれていた。
 お姉ちゃんはあたしよりずっとずっと頭がいいのだ。
 あたしの方が勉強しているはずなのに、どうしてだろう?
 そんな思考は無駄と打ち消して、あたしは入試対策の問題集と格闘した。
 お姉ちゃんと同じ高校に行きたかったのだ。
 別にどうしてもそこへ行きたいというわけでもなかった。
 けれど別に行きたい高校があったわけでもなかったから、その高校を志望したのだ。
 その旨を志望校アンケートに書いたあとで両親に言うと、
「……どうしてもここがいい?」
 と聞いてきた。
 別にどうしてもってわけじゃないよなんとなくなだけで。でもなんで?
 そう聞き返すと、両親はすまなそうに言った。
「ふたりも私立に行かせるお金、なくてね」

  4

 ちなみにうちはずっと貧乏である。
 生活費に困ることはないけれど、貯金をする余裕もない。
 それは産まれたときからそうだった。
 だから、おかしいのだ。
 お姉ちゃんだけが私立高校に行くことがおかしい。
 お姉ちゃんは奨学金制度も使わずに高校に行っている。
 でもなんで?
 あれだけ頭がいいのに、どうして使わないのだろう。
 あたしは公立高校に行って欲しいらしい。
 でもなんで?
 不思議で不思議で仕方ない。
 別に私立高校に行きたいわけじゃないけれど、お姉ちゃんばかり優遇されている気がして嫌なのだ。
 些細なことと散らしたおニューの服とお小遣いとおかわりは、あたしから見なくても不公平だったのだろうか。
 絶対におかしい。
 だっておかしい。

  5

 ここであたしは考える。
 入試対策もせずに考える。
 あたしにあまり似ていないお姉ちゃん。
 あたしよりもずっとずっと頭のいいお姉ちゃん。
 あたしよりもずっとずっと優遇されているお姉ちゃん。
 ここであたしは思い当たる。
 うん。
 ねえお父さん、お母さん。
 あたしはふたりの子じゃないんでしょ?

  6

「お姉さんに似てないねってよく言われていたのよ。いま思えばなんだけどさ」
 両親がなにも言ってくれないので、独白モードになる。
「本当はずっと前から思ってた。だってお父さんもお母さんも、ふたりともお姉ちゃんばかり見るんだもん。お姉ちゃんばかり大切に扱う。あたしなんて放っておいても育つでしょって感じに突き放してさ、実際。お下がりはまあ普通よ。お小遣いは変よね、普通は同い年になったとき公平か、弟妹がより多くもらうものでしょ。いいけどさ。一番堪えたのはご飯のおかわりなのよね、浅ましいけど。だってさ、それってあたしよりお姉ちゃんが好きってことを一番表してる。実のところ高校のことなんかより、これが一番辛かったのよ? 分かってくれないだろうけどさ」
 言うだけ言う。言いながら考えていたのだけれど、言いたいことはすべて言った気がする。
 あとは確認するだけだ。
「あたしはふたりの子じゃないんだ」
「おれたちの子だよ」
 ゼロ秒で答えるお父さん。いまなんて?
「おれたちの子だよおまえは。まだ言うつもりはなかったんだけどな、よその子はお姉ちゃんの方なんだよ」
「……え?」
「お姉ちゃんの父親は死んじまってな。母親、つまりおれの親戚なんだが、その母親がひとりじゃ育てられないって言うから引き取ったんだ。その頃おまえは赤ん坊だったから、憶えているわけないんだが」
「そんなの、聞いたことない」
「ごめんな。新しい服を買ってやったのは、たまに母親と逢っていたから。お小遣いを多く渡していたのはその電車賃。おまえはおれたちの子だからな、多少雑に扱ってもいいと思ったんだ。お姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんの母親を思い浮かべてしまってな。だからお母さんも、おまえにおかわりをやらなかったんだ」
「あ、あまりおかわりとか言わないで欲しい。いいけどさ」
「お姉ちゃんの高校の学費な、母親が出しているんだ。悪いけどうちにそんな金はない」
「そんなの知ってるよ」
「だから、ごめんな」
 そう言ってお父さんとお母さんはあたしに謝った。
 あたし如きには推理できなかった衝撃の事実。
 さっきの文章は破棄しないとなあと思いつつ、やっぱり続きを書くことにした。

  7

 あたしに片親の人の気持ちや苦労は分からない。
 お姉ちゃんは、きっとあたしよりも大きな悩みを持っているのだろう。
 確かにあたしとお姉ちゃんは、血が繋がっていなかった。
 それもお姉ちゃんは初めから知っていたのだ。
 お姉ちゃんは食べるのが早いし、あたしよりたくさん食べる。
 それなのに同時におかわりをすることがあったなんて、いま思えばおかしい。
 きっと心の中で「あたしはよその子だからなあ」と葛藤して、その末に頑張っておかわりを申し出たんだと思う。
 結局はお姉ちゃんがおかわりをする日なんて半分くらいしかなかったし。
 って、そんなにおかわりのことばかり書くのはどうかと思うんだ、あたし。
 お姉ちゃんが「あたしの方がいっぱいもらってるから」と奢ってくれたいちごサンデー。
 お姉ちゃんが「あたしジャージが一番落ち着くのよ」と渡してくれた洋服。
 お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん。
 きっとお姉ちゃんほどお姉ちゃんなお姉ちゃんはあまり居ないと思う。
 あたしはお姉ちゃんが大好きだ。
 いまなら百合に走ってもいいかなあと思うけれど、どうしよう。
 今日の晩ご飯で決めようと思う。
 お姉ちゃんより先に「おかわり」と言えたら、そのほっぺにキスしてやるのだ。

  8

 そして晩ご飯。
 姉妹は同時に「おかわり」と言ったのだった。
(ss2-7.html/2005-02-07)


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