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ノベル>SS2>人魚姫のレクイエム | ||
Die Lorelei
1 昔々あるところに青色の髪の女の子が居ました。 彼女の両親は金髪でしたが、しかし青色の髪の彼女を愛しました。 彼女の十歳の誕生日、彼女の両親は死にました。 同じ事故で彼女の両足は動かなくなりました。 昔々のあるところは海の見える町で、女の子は漁師の家に拾われました。 そこには同い年の男の子が居て、彼は彼女のことを大変気に入りました。 異色の髪と歩けない足を指さして、人形姫と呼びました。 彼女の十一歳の誕生日、彼の両親は死にました。 海の見える町は、女の子のことを死神と称しました。 そのことで疑心暗鬼に陥った男の子は、眠る彼女の喉笛を切り裂きました。 動かない足で魚のように暴れる彼女を見て、彼は恐ろしくなって逃げ出しました。 絶対に見つからないようにしようと、海の上へと逃げました。 男の子はボートに飛び乗って、穏やかな海の中でオールを漕ぎました。 しばらくすると霧が立ち込め、そして海上では有り得ない『歌声』を聞きました。 それは聞いた者すべてが涙を流す、圧倒的な魔力を持った鎮魂歌。 彼の十一歳の誕生日、彼は死にました。 2 昔々あるところに青色の髪の女の子が居ました。 彼女は首に包帯を巻いていて、時間と共に赤く染まるそれは犬の首輪のようでした。 その風体と風の噂話から蔑まれていた彼女は、しかしなにも言い返しませんでした。 否、言い返そうにも、彼女の喉笛は依然として機能していなかったのです。 その頃、町では消えた男の子の噂話で持ちきりでした。 風の便りでその内容を聞いた女の子は、ひとり路地裏で黙祷を捧げました。 それから自分は本当に死神なのかもしれないと、いまさらのように自覚しました。 そのとき、路地裏で休んでいたおばあさんが彼女に語りかけました。 「アンタは死神なんかじゃないよ」 「アンタの両親は、友達はどこで死んだ?」 「生き残ったのがアンタだけだったっていう、ただそれだけの話さ」 「死神なら、いまも海で歌を唄っているよ」 そう言って、おばあさんは路地裏の奥へと消えていきました。 女の子は車椅子を動かして、海へと赴きました。 海はいつだって穏やかで、まるで人々を誘っているみたい。 両親の残したボートに乗り込んで、そのオールを漕いでいきました。 3 「死神は、死者の身体を使って生者を招く」 「アンタの会いたい人には確かに会えるが、それはアンタの死を意味する」 「死後の世界があるかどうかは誰にも分からない」 「しかしどちらにしろ、死者は絶対に甦らないのじゃ」 海は青くて、空はもっと青くて、交ざり合った水平線はすぐそこで。 群青色の境界線に辿り着けそうな錯覚。 見渡せば、空と海しかない孤独な世界。 ―――その中に、一台のボートを見つけました。 「空と海だけの世界に、人は孤独を感じる」 「陸を恋しく思い、人に会いたいと願ってしまう」 「それは幻聴と幻覚を招き、かくして人魚姫の伝説は生まれたのじゃ」 「海の上で出会ったものは、すべて魔物だと思いなさい」 オールを一振りするたびに、霧が立ち込めました。 空と海の境界線は距離さえ無関係に曖昧で、まるで海の中に居るみたい。 その中で揺れているボートを目指して、霧の中を進みました。 ボートの中には、男の子が座っていました。 4 男の子が目を覚ますと、そこは女の子の膝枕の上でした。 「え? あれ? ここは……?」 女の子は口をパクパクと開閉させました。 「そっか。君は喋ることができないんだったね」 『わたしがこわくないの?』 「ん? ごめん、もう一度」 『わたしが、こわく、ないの?』 「君がなにを言っているか分からないよ」 「包帯、血が滲んでるね。帰ろうか」 『…………』 「その傷は事故? 海は魔物だからね、気を付けた方がいい」 『…………』 『あなたは』 『わたしの』 『すきなひと』 『なんかじゃない……!』 5 女の子は足を庇うように這い蹲って、隣り合わせのボートへと移動しました。 呆然と座り尽くす男の子を出し抜いて、オールを大きく動かしました。 重たいボートが緩やかに加速するのを見て、彼は彼女のボートに飛び乗りました。 その身体は、見る見る内に腐っていって………… そのとき、ふたりに大きな影が差しました。 女の子が振り返ると、そこには巨大な蛇が鎌首をもたげていました。 出現の余波で津波が生まれ、大きく揺れる小さなボート。 男の子は女の子にしがみついて、震えました。 巨大な蛇が奇声を上げると、その身体に亀裂が走りました。 瞬く間に爆散して、その破片は四方八方に飛び散りました。 ―――否、それは破片ではありませんでした。 空と海から、幾千幾万の海蛇が――― ぼとぼとぼとぼとぼちゃんぼとぼとぼとぼちゃん。 海蛇はボートの上に落下して、また海に落ちた海蛇もボートの上に這い上がってきました。 「痛い痛い痛い痛い痛い―――ッ!」 海蛇は男の子の身体に噛み付いて、その肉を喰らいました。 6 ふたりの子供とたくさんの海蛇を搭載したボートは、重量オーバーが祟って沈み始めていました。 女の子は必死になって海蛇を海に投げ捨てましたが、それでも這い上がってくる速度に叶いません。 「たす、助けて―――!」 海蛇に咀嚼されている男の子を見て、彼女は目蓋を閉じました。 そしてその音だけの世界で、女の子は自分が噛まれていないことに気付きました。 腐った男の子の身体ばかりを好んで食べる海蛇は、生きている者には興味なんてないのかもしれない。 それに彼はもはや好きな人でもなんでもない、ただの死体じゃないか。 そして彼女が目蓋を開いたとき、その両手は彼を海へと突き放していて――― 落ちていく男の子の眼窩に海蛇の尻尾。 まるで泣いているような、それはとても醜い姿。 しかして噛み千切られた喉笛が告げるのです。 『ご め ん な さ い』と。 ボートの上の海蛇は、男の子の身体を追って海へと飛び込みました。 彼の身体が落下した地点に、まるで水葬のように踊る白蛇のロンド。 海の揺れと水泡は、僅かな時間ののち消えてなくなりました。 ボートの上に残ったのは、女の子と潰れた海蛇だけでした。 7 「そうして女の子は、三度生き残った」 「一度目の臨死に、彼女は足を失った」 「二度目の臨死に、彼女は声を失った」 「しかして三度目の臨死に、彼女は不死性を得たのじゃ」 「女の子の両親は海蛇に噛み殺された」 「男の子の両親もまた、海蛇に噛み殺された」 「しかし彼の死は海蛇の襲撃ではなく、幻聴を聴いたあとの自殺である」 「二度あることは三度しかない」 「だから男の子は本物だったのじゃ」 「女の子は男の子を突き落とすべきではなかった」 「気付いたときには手遅れで、残ったのは潰れた海蛇だけで」 「そして彼女は海の底へと沈みましたとさ」 「ところでこれは余談だが、女の子が不老不死である限り海に沈んだ程度では死にはしない」 「すべての記憶を失って、動かない足は尾ヒレになって」 「壊れた声帯は、それでも海の言葉を発することは可能で」 「いまも貝の中で、それは綺麗なレクイエムを歌っているのだそうな―――」 (ss2-12.html/2006-10-11) /ファイナルノスタルジアへ |
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01 黒猫のフーガ-Volevo Un Gatto Nero- 02 仔牛の翼-Donna Donna- 03 夜明けの晩に-Ring Ring- 04 おじいさんのロボット-Grandfather's Clock- 05 灰かぶり姫は居ないのに-Galopp- 06 ヴォルケイノサーカス-Funiculi Funicula- 07 ふたりの子-Seven's Children- 08 墓場の手紙-Massa's in De Cold Ground- 09 きみの居る世界-Barbara Allen- 10 銀色人形姫のソワレ-Eine Kleine Nachtmusik- 11 人魚姫のレクイエム-Requiem- 12 人魚姫のレクイエム-Die Lorelei- 13 ファイナルノスタルジア-Ikaros- 14 夢の夜の真夏-Midsummer Night's Dream- 15 隷属のラストサディスト-Traumerei- 16 悠久のリインカネーション-Jeux Interdits- 17 ほしのうた-Stille Nacht- 18 雪と月と花の季節-Those were the Days- 19 シュレディンガーの地球儀-Korobushka- 20 ノクターナルミレニアム-Hallelujah- Ruby 這い蹲って-ハイツクバッテ- 三度-ミタビ- |