カーネーション
ノベルSS2>人魚姫のレクイエム
Requiem
  0

『………………』

  1

「あの、ありがとう」
『…………』
「きみが助けてくれなかったら、オレ死んでたよ」
『……どういたしまして?』
「泳ぎが得意なんだね」
『よく分かんない』
「さて、ここはどこだろう」
『ローレライ』
「ああ、砂浜が水平線の手前に見える。マジかよ」
『向こうがよかったの?』
「船が近くを通るまで籠城だね」
『…………』
「……あのさ、質問があるんだけど」
『なに?』
「どうして声を出さないの?」

「口をパクパクさせて、魚みたいだね」
『魚……』
「……あっ、ごめん。もしかしてそういう病気……?」
『ううん』
「それならいいんだけど」
『通じた』
「……向こうに帰ったらお礼するからさ、きみ、先に戻ってもいいよ」
『通じてなかった』
「潮に流されたオレを、さらにここまで運んだんだ。余裕で帰れるんだよね?」
『…………』
「よかったら、ついでに船を呼んでもらえると助かるんだけど」
『帰りたいの?』

『それならわたしの背中に乗って』
「あれ? なんで腕を引くのさ?」
『ダイブ』
「ぎゃー! がぼがぼッ!」
『……大丈夫?』
「あのねぇ! もしかして、言葉、通じてない?」
『通じてないのはわたしの言葉だけ』
「オレは、いまは浮いていられるけど。目測三キロメートルも泳げないよ」
『だから―――もういいや』
「ん? んん? ちょ、なに人の胸に潜り込んでるの!」
『首に腕を回して』
「あっ、ちょ、手に胸とか……」
『? なにか言った?』
「……まさか、オレを負ぶって浜まで戻る気?」

「無理だって!」
「ふたりとも死んじゃうよ!」
「オレは大の男だよ?」
「そんな、女の子に出来る芸当じゃない」
「海の男にだって出来るかどうか」
「あれ?」
「きみ、疲れないの?」
「比較対象がないからよく分からないけど、滅茶苦茶速いね」
「…………」
「もうこんなところまで」
「なんかオレ、滅茶苦茶情けないんですけど……」
「あの、もういいよ?」
「ここから先は、ひとりで行かせて……」

「あれ?」
『…………』
「きみ、戻らないの?」
『どっちに?』
「どうしてって、それは、いい加減に疲れただろうし」
『そんなこと聞いてないよ。そして疲れてない』
「戻ろうよ。命のお礼にご飯とか奢るからさ」
『ご飯?』
「そう。用事があるなら後日でもいいけど―――とにかく陸で話そう」
『…………』
「行くよ?」
『…………』

『……ブドウ畑のブドウが食べたい』

  2

「両親は?」
『健在』
「家は?」
『近く』
「連絡先は?」
『よく分かんない』

『このブドウ、すごく美味しい』

「着替えは?」
『家』
「……オーケイ、買ってくるよ」
『ありがとう』
「なにを食べたい?」
『ブドウを食べたいと、ずっと思ってた』
「とりあえず、近くのレストランでいいか」

「なんでいきなりデザート?」

『それは?』
「えっと、リゾット食べたい?」
『あー』
「口を開けられても」
『…………』
「分かったよ。ほら、どうぞ」
『もぐもぐ』
「美味しい?」
『すごく美味しい……』

『幸せ』

「段々唇を読むのに慣れてきたよ」
『マーメイド』
「アーモンド?」
『李も桃も桃のうち』
「うんごめん、全然分からない!」
『わたしを好きにして?』
「えっ、本当?」
『―――!』
「とりあえず、疑問系のときは首を傾げることが分かったよ」

「否定と肯定、それから疑問まで使えればコミュニケーションは取れるよね」

  3

「ブドウが好きなの?」
『こくり』
「パン食べる?」
『こくり』
「きみ、本当は喋れるんだろ?」
『ふるふる』
「くすぐっていい?」
『ふるふる』

「飴玉が好きなの?」
『口を動かすのが好きなの』
「赤ちゃんみたいだね」
『よく分かんない』
「そういえば、きみって何歳?」
『十五歳』
「歳の数だけ飴玉を口に含んでくれる?」
『…………』

『子供扱いしないで』

「きみは人に負ぶさってばかりだね」
『歩くのは疲れるから』
「さて、海に着いたよ。近くなんだよね?」
『うん……』
「それならこれでお別れ。困ったことがあったらいつでも言ってよ」
『…………』
「命の恩人だからね。いくらだってお礼を重ねるよ」
『…………』
「それなら、また明日」

「……負ぶさるなと言うのに」
『帰りたくない』
「きみは家出少女?」
『少女じゃない』
「色仕掛けに引っ掛かるつもりはないよ」
『色仕掛けてない……』
「ほら、帰りなさい」
『…………』

『嫌』
『お願い』
『家に泊めて?』

  4

「オレには妻が居るんだ」

  EX

 男の背中から降りる少女。
 彼女は魚のように口を開閉させたあとで―――
「……全然つまんない」
 大きな声でそう言って、男の横を通り過ぎて砂浜を後にした。
 残された男は「人魚姫じゃなかったのかよ」と呟いた。
(ss2-11.html/2006-10-11)


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01 黒猫のフーガ-Volevo Un Gatto Nero-
02 仔牛の翼-Donna Donna-
03 夜明けの晩に-Ring Ring-
04 おじいさんのロボット-Grandfather's Clock-
05 灰かぶり姫は居ないのに-Galopp-
06 ヴォルケイノサーカス-Funiculi Funicula-
07 ふたりの子-Seven's Children-
08 墓場の手紙-Massa's in De Cold Ground-
09 きみの居る世界-Barbara Allen-
10 銀色人形姫のソワレ-Eine Kleine Nachtmusik-
11 人魚姫のレクイエム-Requiem-
12 人魚姫のレクイエム-Die Lorelei-
13 ファイナルノスタルジア-Ikaros-
14 夢の夜の真夏-Midsummer Night's Dream-
15 隷属のラストサディスト-Traumerei-
16 悠久のリインカネーション-Jeux Interdits-
17 ほしのうた-Stille Nacht-
18 雪と月と花の季節-Those were the Days-
19 シュレディンガーの地球儀-Korobushka-
20 ノクターナルミレニアム-Hallelujah-