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ノベル>SS2>きみの居る世界 | ||
Barbara Allen
1 目を覚ますと白い部屋だった。僕は白いベッドの上に居た。僕の上には白い女の子が居た。 どけようと思ったけど上手く腕が上がらなかった。蹴飛ばそうと思ったけど足も上がらなかった。 十五分くらいして娘が起きた。起きてから白い部屋を見回した。その最初と最後に僕を見た。 「おはよう」「おはよう」 挨拶は同時だった。続く言葉は僕からだった。 「きみはだれで、ここはどこ?」 「ここは世界の終わりで、わたしは可愛い女の子」 頭の悪い子なんだなと僕は思った。 「頭の悪い子なんだね。それなら、ここは病院?」 「病院は正解。だけど、わたしは可愛いよ?」 可愛くないと困るのさ、と娘は言った。僕は半疑問を無視して起き上が、 「にゃー」 ろうとしたところを娘の抱きつきに邪魔された。ちょっとどうかと思った。 「はぐはぐ」 「なにをしているの?」 「スキンシップと人は言うよー」 「ああ、セクハラね」 構わず勢いよく起き上がって娘を部屋の端まで吹き飛ばした。 暴力の多くは暴力しか呼ばないよ、と言う娘に僕はもう一度聞いた。 「ここはどこで、きみはだれ?」 「ここは世界の始まりで、わたしはあなたのお嫁さん」 2 部屋を出ると廊下だった。出口を目指して歩き出すとすぐに足が疲れた。仕方なく娘を杖代わりにして歩いた。その扱いに娘は喜んでいた。 廊下を抜けると正面玄関だった。正面玄関には南京錠が下ろされていた。 廊下を逆方向に抜ける途中、中庭を見つけた。 中庭の中に入ると、地面はゴツゴツしていた。草木の一本も生えていなかった。 空を見上げるとガラス越しの夜だった。僕の故郷ではありえないほど多くの星が輝いていた。 暗い中庭のベンチに僕は座った。その上に娘が座った。僕は最小の動きでそれをどけた。 「とても悪い頭をしているね、きみは」 「二度目はショックだよー。三度あるものは、その二度目が一番に」 適当にものを言うのはよくないよ本当になるから、と僕は言った。適当に言った。 そして僕は唐突に言った。 「そろそろ本当のことを言ってくれないか?」 「言ってるもん」 「そろそろ具体的なことを言ってくれないか?」 「キスしてくれたらいいよー」 その日僕らはキスをした。 互いのおでこにキスをした。 「……もっと」 「黙れバカ」 「黙る」 十五分くらい黙祷した。人類に。 「具体的なことを言ってから黙れバカ」 「具体的なことを言ってから黙るよー」 そして娘は具体的なことを言った。 3 「そして世界は滅びました」 話の終わりに娘は言った。娘の台詞をキーワードに分解して並べるとこうだった。 地球。隕石。ウィルス。人類滅亡。 「それなら、どうして僕らは生きている?」 「神様の決めた許婚だから」 娘の髪をハサミで切った。 「…………っ!」 十五分くらい叩かれて怒られた。そのあとで娘は続けた。 「だって、ここは世界の終わりだもん。 人類が歴史の最後に旗を立てた大地。 ここは、月だから―――」 4 部屋の端まで吹き飛んだ娘。 草木の一本も生えていない大地。 僕の故郷ではありえない数の星。 「隕石衝突のタイミングで月に居たのは、あなたとわたしだけだったの」 それは事故みたいなもので、わたしとあなたはなんの繋がりもない間柄だよー、と娘は言った。 「世界に残された人類はあなたとわたしだけ。なんて分かりやすい、アダムとイブ」 どっちかというとバーバラ・アレンかなー、と娘は言った。 だから適当にものを言うなって言ってるだろこのすっとこどっこい、と僕は思った。 この世界に残されたのは娘と僕だけ。 十五分ほどして、僕はものすごく寂しくなった。 この気持ちはこんな文字数じゃ表せない。 ……決して僕の文章力が拙いわけじゃないので、悪しからず。 だって僕以外の人が居ないなんて、そんなの生きている意味がない―――! 「わたしが居ること、忘れないでよー?」 「あぁ、忘れてたよ」 ひどいなー、二度目は許さないからねー、と娘はのたまった。 僕に好かれようと、可愛くあろうとした娘。 二ヶ月も昏睡状態だった僕に点滴を打ち続けた娘。 意識のない僕に殆ど触らなかった娘。 久しぶりの人肌に過剰なスキンシップを試みた娘。 「ここは世界の始まりで、あなたとわたしのふたりきり―――」 娘は歌を唄った。優しくて優しい、童話のような歌だった。 5 その終わりに、失敗したアダムとイブの話。 『死ねないね、わたしたち。怪我のひとつも怖いよね。だって六十億と同じだもん』 そう言って娘は自分の肩を抱き、後ろを向いた。 きっと泣いているんだ、と僕は思った。 『ふたりの遺伝子はずっと残るよね。なんの混じりもなく、その終わりまで』 そう言った娘と同じベッドで眠った。 不思議と性欲は湧いてこなかったけれど、娘はそれは当たり前のことだよーと言った。 『アダムとイブの子は、同じ血のきょうだいを何度まで愛せるのでしょうか』 たぶん一度も愛せないね、と娘は言った。 あるいはずっと愛せるよ、と僕は言った。 『あなたはわたしを愛せる?』 そう言った娘に、僕は愛せるよと返した。 けれど僕は、娘の言う意味では愛せなかった。 娘を抱きしめた。けれど僕は、娘の言う意味では抱けなかった。娘も特に期待していないように見えた。互いを嫌いにならないように、ひとりきりの時間を作った。その気遣いがお互いに哀しかった。娘をときたま煙たく思った。他人と比べるからだと思った。自分のものだと思ってしまうことに問題があると思った。そう思ってからは娘のすべてを許せるようになった。僕らの不出来を誰かに見られることはないと思うと楽なものだった。障害がなければ、仕事がなければ、世間がなければ関係は成り立つと思った。眠ろうとするたび死ぬことが怖かった。子供ができればそんなこともなくなると思った。けれど僕らは「寝なかった」。眠るのは怖いけれど、寝るのは許されないと思った。世間はまだ僕の中に残っていた。消してはいけないと僕は思った。楽園を望んではいけないと僕は思った。思っている内に、僕は、 僕はまた寝たきりになった。 ずっと死んでしまうことばかりを考えるようになった。娘はずっと僕の側にいた。優しい童話のように、「ずっと側に居た」。娘が僕の頭を撫でるとき、その指先に永遠を感じた。ある日僕は外に出たいと言った。娘を杖代わりにして中庭に向かった。見上げると、ガラスが曇っていた。その意味は僕にはよく分からなかった。娘が植木鉢を持ち上げると、その下には鍵があった。娘を杖代わりにして玄関に向かった。南京錠を解錠した。そこで僕は娘に別れを告げた。娘はそんなありがちな言葉じゃ別れられないよと言った。仕方なく気の利いた言葉を言うと、娘は泣いた。その頭を撫でると、より深く泣いた。別れたくないよ、終わりたくないよと娘は言った。十五分くらい経つとわたしも一緒に外に出ると娘は言った。僕は娘を通路の端まで投げ飛ばした。玄関を開けて、外側から鍵を掛けた。玄関は三重になっていた。あと二枚。僕は死ぬことに怯えた。あと一枚。僕は「娘」のこの後を考えた。最後の玄関を、僕は開いた。 その終わりに、僕はいまもなお青い地球を見た。 EX そしてあなたは死んでしまいました。けれどこれは、あなたが思うほど絶望する話ではありません。六十億の人類は、本当はいまも地球で生きています。月に建てた病院で、あなたとふたりきり。これは愚かなわたしが作り上げたシナリオ。記憶の三割を欠損したあなたは、わたしのことを忘れていた。それはそれで良かったの。わたしはあなたと結ばれたかった。ふたりきりの世界、ひとりきりの永遠。わたしはあなたに抱かれて、そして赤子と三人で死ぬつもりでした。それなのに、あなたはひとりで死んでしまった。わたしはあなたを許しません。死ぬまであなたを憎みましょう。ひとつ笑い話をすると、宇宙服を着て外に出ようとしたこともありました。あなたを忘れようとして。それなのにあなたは外側から鍵を掛けてしまって、閉じ込められちゃったじゃないですか! 監禁の趣味があるなんて想定外。これでわたしはあなたを忘れることができません。死ぬまで、ずっと。ここは世界の終わり。終わってしまった世界。終わって閉まった世界。この世の果てで、わたしはあなたを唄いましょう。 それでは、ご冥福をお祈りします。 お父さん。 (ss2-9.html/2005-05-09) /銀色人形姫のソネットへ |
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01 黒猫のフーガ-Volevo Un Gatto Nero- 02 仔牛の翼-Donna Donna- 03 夜明けの晩に-Ring Ring- 04 おじいさんのロボット-Grandfather's Clock- 05 灰かぶり姫は居ないのに-Galopp- 06 ヴォルケイノサーカス-Funiculi Funicula- 07 ふたりの子-Seven's Children- 08 墓場の手紙-Massa's in De Cold Ground- 09 きみの居る世界-Barbara Allen- 10 銀色人形姫のソワレ-Eine Kleine Nachtmusik- 11 人魚姫のレクイエム-Requiem- 12 人魚姫のレクイエム-Die Lorelei- 13 ファイナルノスタルジア-Ikaros- 14 夢の夜の真夏-Midsummer Night's Dream- 15 隷属のラストサディスト-Traumerei- 16 悠久のリインカネーション-Jeux Interdits- 17 ほしのうた-Stille Nacht- 18 雪と月と花の季節-Those were the Days- 19 シュレディンガーの地球儀-Korobushka- 20 ノクターナルミレニアム-Hallelujah- |