ノベル>SS2>仔牛の翼 | ||
Donna Donna
1 いつかどこか、少年が居て、少年はいまの暮らしに不満を持っていました。その理由は「水汲み」「薪割り」「洗濯」と多くの役割を担っているのに食事量が少ないこと、父親がただの一度も褒めてくれないことにありました。けれど村中の子供たちは似たような境遇だったので、少年の不満が爆発することはありませんでした。 爆発させておけば良かったと後悔する昼下がり、父親は少年を売りました。 奴隷となった少年はいままで以上の労働を強いられ、いままで以下の食事量を強いられました。なによりもつらかったのは、「似たような境遇」ではない者に使われていること。少年は「裕福で幸福」である存在を知り、自分が「奴隷で不幸」であることを知ってしまいました。いままで考えもしなかった些細な「不幸」さえ、少年にはつらく感じられるようになってしまいました。少年は「死にたい」とばかり考えるようになりました。 「それは間違っている。死ぬのが一番『つらい』ことなんだよ、少年」 そう言った奴隷仲間が、雇い主を殺しました。奴隷の大半が逃げ出しました。しかしその大半は捕まり、残りは殺されました。少年は、初めから逃げ出しませんでした。 雇い主の弟がやって来ると、奴隷たちの待遇はいくらか正常になりました。少年は「初めから逃げ出さなかった者」として、さらにその中でも優遇されました。少年は奴隷から小間使いになりました。 「きみたちを使っているということが、私はどうにもつらくて仕方ないんだ」 そう言った新しい雇い主が、居なくなりました。奴隷たちは更に新しい雇い主が来る前に逃げ出しました。少年と先の奴隷仲間ひとりだけを、除いて。 「どうせ逃げられないのなら、初めからここに居た方がいい、と? 少年」 少年は答えませんでした。 更に新しい雇い主は、その初めに、そこに残っていたふたりを殺しました。 2 その少し前の話。 少年の両足には幻想の足枷があり、それが「いま逃げ出すべきではない」ということを暗示しているのだと判断しました。暗示は正解で、少年は奴隷から小間使いになりました。 その少し後の話。 少年の背中には幻想の羽根があり、それが「いま逃げるべきだ」ということを暗示しているのだと判断しました。暗示は正解でした。 けれど少年は飛び方を知りませんでした。二番目の雇い主は「私もつらい」と言った。それはつまり、「裕福で幸福」だと思っていた存在さえ、やはり「似たような境遇」であるのだということで――― 少年は、命を終える直前に言いました。 「どうせどう生きたって、大して変わらない人生なんだ」 同じく命を終えようとしている奴隷仲間が答えました。 「それは間違っているよ、少年―――」 (ss2-2.html/2004-12-02) /夜明けの晩にへ |
short short 2nd
01 黒猫のフーガ-Volevo Un Gatto Nero- 02 仔牛の翼-Donna Donna- 03 夜明けの晩に-Ring Ring- 04 おじいさんのロボット-Grandfather's Clock- 05 灰かぶり姫は居ないのに-Galopp- 06 ヴォルケイノサーカス-Funiculi Funicula- 07 ふたりの子-Seven's Children- 08 墓場の手紙-Massa's in De Cold Ground- 09 きみの居る世界-Barbara Allen- 10 銀色人形姫のソワレ-Eine Kleine Nachtmusik- 11 人魚姫のレクイエム-Requiem- 12 人魚姫のレクイエム-Die Lorelei- 13 ファイナルノスタルジア-Ikaros- 14 夢の夜の真夏-Midsummer Night's Dream- 15 隷属のラストサディスト-Traumerei- 16 悠久のリインカネーション-Jeux Interdits- 17 ほしのうた-Stille Nacht- 18 雪と月と花の季節-Those were the Days- 19 シュレディンガーの地球儀-Korobushka- 20 ノクターナルミレニアム-Hallelujah- |