梅
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Strowberry Dialogue
0.Eudaemonics

 赤ずきんのおばあさんが悪役だったなら。
 狼と赤ずきんは、お友達になれるのかもしれないね?
1.Strowberry Dialogue

 幼馴染みが訪れる前に目が醒めた。
「…………」
 やることはない。
 郵便受けでも覗こうと、玄関を開ける。
「おや?」
 向かいの部屋から、靴を履く音。
 立ち上がり、ドアノブに手をかける気配。
「行ってきます」
 真中奈苺が現れた。
 コマンド?
「おかえりなさい!」
 オレは彼女を自分の部屋に招き入れた。
 扉を閉める。ワルツを踊る。
「……大神」
「おはよう、真っ赤な苺ちゃん」
「珍しい」
「キミにちょっかいを出すことが?」
「うん」
「なに、昨夜のお礼をしようと思ってね」
「……殴るの?」
「お礼参りじゃないよ!」
「だって、竹刀で二回も叩いた」
「そんなのは―――」
 真中奈苺の両頬を掴んで、丸描いてちょんした。
「これでおあいこだ」
「……もう一回して」
「え? ああ、こうか?」
「うん」
 真中奈苺の両頬を掴んで、丸描いてちょんした。
 数を揃えたかったのかもしれない。
「お礼って?」
「ああ、デートに誘ってやろう」
「お礼になってない……」
「クレープを奢ってやろう」
「行く」
「現金な奴だ」
「現金、大好き」
 真中奈家は貧乏だから。
 バランスの取れたことを好む。
「援助交際」
「え? ああ、そういうことになるの、か?」
「クレープに苺のトッピングを加えると、肩揉みのオプションが」
「わあ、わずかなお金で言うこときいてくれるお人形さんがこんなところに!」
「お互いの利害が一致している以上、援助交際は責められたものじゃない」
 それだけの理念をこんな序盤に晒して構わないのか。
 そして彼女は言った。
「もう行かなくちゃ」
2.????

 同日。放課後。
 剣道部の活動を終えて、真中奈苺。
「お疲れ」
「うん」
「竹刀、持ってあげようか?」
「いい。むしろわたしが大神の荷物を持ちたい」
「いや、それはちょっと……」
 クレープのトッピングが無駄に増えるという気がする。
 どうせなら違うことに使いたい。
「それなら、手を繋いで歩こうぜ」
「財布を持ち逃げされないように?」
「ずいぶんと本格的な援助交際だな」
「手錠をかけてもいい」
「そんなもの持ってねぇよ!」
 嘘だけどな。
 そしてふたりは手を繋いだ。
「はん、どうせおまえは奢ってくれるのなら誰とでも手を繋ぐのだろう」
「うん」
「否定されなかった!」
「男は甲斐性」
「真中奈苺の魅力は、きっと嫉妬しないことにあるのだろうな」
 幼馴染みとは正反対だ。
 ことごとくと言っていい。
「なんだか、走り気味なんだよな」
「? 走って行くの?」
「あ、いや……そうだな、走って行くか!」
「それなら、手を離す」
「よし、この坂を先に登った者勝ちだ!」
「うん」
「よーい、どーん!」
3.????

 ミックスベリースペシャル。
 ストロベリー、ブルーベリー、ラズベリー、クランベリー、ブラックベリーの五種混合クレープ。
 加えることアイスからウェハースからバナナからチョコレートに至るまで、色々とすごいことに。
「い、いいの?」
 登場以来、初めて動揺する真中奈苺。
 目がキラキラしている。明らかに現金より食べ物の方が好きだろう、こいつは。
「ああ、三回まわって―――」
「わんわん」
「プライド皆無!」
「ぺろぺろ」
「あっ、こ、公衆の面前で!」
 セクハラ狼ともあろうものが、マッチ売りの少女に翻弄されている。
 マッチ売りの少女は赤ずきんがよく似合うという話。
「昨日のお礼と、坂道の勝者祝いだ。わんこちゃんにならなくていいんだよ」
「わーい」
「くっ、見たこともないような笑顔で!」
「大神、奥の席が空いてる。早く」
「うう……鍵括弧内に句読点を両方入れたのはこれが初めてじゃないのか……?」
 まるで後日談であるかのような、キャラクターの裏面。
 そしてフォークとスプーンを使ってクレープを食べる真中奈苺に、オレは言った。
「満足にものを食べさせてもらっていないのだな」
「うぐ?」
「オレが祖母を社会的に喰い殺せば物語は閉じるわけだ」
「大神がなにを言っているのか、さっぱり」
 バナナを囓る真中奈苺。
 見れば、背丈は低くもない。
 細くはあるが、それだって春狩冥子ほどでも―――オレほどでもない。
「それなら、おまえの物語は」
「なにもないよ」

「わたしは幸せに生きているもの」
4.????

 隣の晩ご飯より少し貧しいからって、別に飢えているわけじゃない。
 おばあちゃんがいて、お母さんがいて、弟がいる。
 みんなと同じ学校に行けて、打ち込める部活動も見つかって。
 わたしより幸せな人はあまりいないと、彼女は言った。
「それでも昔、いじめられていた時期があった」
「それは小学生の頃合い」
「終わってしまった物語」
「いつも同じ服を着ていた」
「からかわれて」
「指をさされて」
「大神が、助けてくれた」
「それは加害者への同族嫌悪から」
「わたしは一学年上の大神に、犬のようについて歩いた」
「オルタナティブの条件を揃えていた真中奈苺」
「大神の手には、長峰鈴音の首輪と繋がった革紐が」
「そしてオレは、彼女を捨てたんだ」

「嘘だけどな」
5.????

 食べ終えて、夕闇に染まる琥珀色の商店街。
 真中奈苺は、自ら手を繋いできた。
「もういいと思う」
「ん?」
「大神は、ふたりの物語を消化した」
「ああ―――ちーちゃんのことも知っていたのか」
「お隣さんだから」
「バレバレか」
「うん」
「それで、真中奈苺は物語を持たない」
「だから、そろそろ支倉大神の物語を教えてくれてもいいと思う」
「なるほど」
「長峰鈴音に優しくなってしまった大神は、どこか無理をしているような気がする」
「女の子にセクハラばかりしていれば、そう見られても無理はないか」
「わたしが代わりになってあげるよ?」
「オレに虐待されていた、長峰鈴音の?」
「うん」
「いくらかかるんだよ」
「死なないようにご飯を食べさせてくれたら、それだけでいい」
「あいつなら殺してくれてもいいって言うだろうな」
「それなら、それでもいい」
「あっそう」
 そして路地裏へ。
 オレは彼女の首を締め上げた。
「…………!」
「抵抗してもいいぜ」
 しかし彼女は抵抗しない。
 されるがままに。
 わたしは幸せになったから。
 それだけのことをしてあげたとは思えない。
 暴力は服従しか生まない。
 服従は快楽しか生まない。
「だからオレはあいつを捨てたんだ!」
 指を離す。
 朦朧とした瞳で見上げる彼女。
「おまえらが受け入れてしまうから! いつか本当に殺してしまいそうで怖いんだよ!」
 惚れた腫れたの関係は、行き着いてしまえば死をも厭わないから。
 人の好意が怖くて仕方がない。
「オレはもう! 誰も見殺しにしたくないんだ!」
 濡れた瞳に浮かぶ凍てついた原罪。
 そして開かれる絶氷の扉。
 悠久のリインカネーション。
「オレなんだ―――」

「オレが妹を殺した!」
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