梅
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Prologue
0.The End of End-of-the-World

 一面氷色の世界。
 時計塔は凍てつき動かずの針。
 その中に亜麻色の髪の乙女。
 色のない世界の中、彼女だけが鮮やかだった。
 されど時間の止まった世界の中、彼女の心臓もまた停止していた。
 胎児のように丸まって眠る彼女の背中には天使の羽根。
 抱きかかえてみれば存在しない体重。
 オレは泣き、そして鳴いた。
 その蔦のように伸びた髪に指を通す。
 鈴の音が鳴り響いた。
 彼女が―――目を覚ました。
 体重を取り戻し、天使の羽根を引っ込めて、着地する。
 うろんな瞳でオレを見つめる。
「ここはどこ?」
 オレは適当な答えを与えた。
「きみはだれ?」
 オレは本当の答えを与えた。
 そしてオレは涙をこらえてこの世界を破壊する。
1.Morning Glory

 鈴の音が聞こえる。
 目蓋を貫いたのは夏の燐光。
 耳朶を叩いたのは少女の声。
「おはよう、狼さん」
「おはよう、赤ずきん」
「……赤ずきん?」
「それはおまえを食べる為さ!」
「まだなにも聞いてないよ!」
 そして抱きつかれることを甘んじて受け入れる少女。
 鈴の音が鳴り響いた。
「さて、今日の朝食は路傍の石か? 通学路には湖を選ぶのか?」
「どうして童話準拠の世界を生きるのかな」
「おまえが狼さんと呼ぶからだ」
 オレの名前は支倉大神という。
 その立派な名前を平仮名で認識したのち誤変換している少女は、
 つまりは幼稚園来の幼馴染みだった。
 朝も起こしに来ようというものだ。
「今日は肉じゃがとホッケを持ってきたよ。あとはいつもの玉子焼き」
「ふん、また持ち込みか。冷蔵庫の中のあり合わせで作ってこそ真の通い妻としてだな」
「冷蔵庫の中、なにもなかったよ?」
「納豆のタレがあっただろう」
「納豆のタレでなにを作れっていうのよ」
 不摂生で死んじゃうよ、と幼馴染みは言った。
 言の葉に軋む記憶の胎動。
 輪廻に霞む罪悪感の檻。
「ごちそうさま」
「おそまつさま―――って、食べるの早いよ」
「消化も吸収も早いぜ」
「旺盛な胃袋だね」
 笑って、弁当箱を寄越す幼馴染み。
 食器を残してオレは先に外へ出た。
 塗ったように青い空。
 雲ひとつない青い空。
 鈴の音が聞こえる。
 彼女とふたり、学校を目指して歩き出した。
2.Fateful Encounter

 途中、見覚えのない後ろ姿を目にする。
 薄紅色の長い髪。
 日傘を差して、制服に身を包んでいる。
「おい見ろ、深窓のご令嬢が出歩いているぞ」
「外を出歩いている時点で深窓のご令嬢じゃないと思うよ?」
「それは新しい発想だな」
 深窓の幼馴染みを置き去りに、オレはお嬢さまを追いかけた。
 十字路の直前で追いつく。
「お嬢さん、お待ちなさい」
「?」
 振り向いた。
 端正なお顔立ちであった。
 口説き文句を口にしようとした正にそのとき、
「遅刻遅刻ー!」
 パンをくわえた美少年が、曲がり角から現れた。
 通りを駆け抜けて舞台から退場する。
 お嬢さまはその後ろ姿を見送って、再びオレを見上げた。
「いまの」
「絶世の美少年だったね!」
「……あなたが声をかけなければ」
「運命の出逢いを演出できたね!」
「…………」
「でも衝突するのは結構危ないよね! 怪我なくてよかったね!」
「―――ばかぁーっ!」
「ぐはぁーっ!」
 殴られて、吹き飛ばされた。幼馴染みの足下までだ。
 心配そうにオレの顔を覗き込む幼馴染み。
「大丈夫?」
 幻想的なアングル。
 パンツ丸見えであった。
「黒か。エロい奴だな」
「え?」
 見下げる。気付く。
「―――あ」
 慌ててスカートの裾を押さえる幼馴染み。
 俯き、頬を赤らめながら小さな声で言った。
「だ、誰にも言わないでっ」
3.Holy Knight

 学校に着いて、幼馴染みとは別々のクラス。
 オレはクラスメイトに話しかける。
「長峰鈴音のパンツは黒だったぜ!」
「な、なな―――!」
「清楚な顔してやるよなあ、もしかして勝負パンツ?」
「―――君はそれを僕に聞かせて、どんなリアクションを期待しているんだい?」
 クラスメイトの名前は白馬志貴。
 白馬の騎士と覚えるとややこしいことこの上ない、品行方正な学級委員長である。
「いやあ、おまえ長峰のこと気にしてたじゃん」
「それは君が長峰さんにセクハラばかりするから」
「オレは女子になら誰にでもハラスメントしているぜ?」
「特別長峰さんが嫌がらないんだよ。だからといって、スカートめくりはよくない」
「今日のはめくったわけじゃないけどな」
「スカート下ろしなんて言語道断だし、ブラジャーを盗むのはもはや犯罪行為だよ!」
「よく知っているな」
「その透けた胸を衆人環視に晒して、長峰さんが可哀想だとは思わないの!?」
「おまえの発言もまたそれなりにセクハラじゃないの?」
 学級委員長は言葉に詰まり、眉根を下げて目を細める。
 彼は下ネタに耐性がなく、また女子と自然に話すことさえ難しいピュアな少年なのだ。
 好感が持てる。オレの方は呆れられているのだろうが。
 肩を叩く。
「分かったよ。こんど長峰の胸を揉ませてやるから!」
「なにも分かってないよ! 長峰さんは君のものじゃないでしょ!?」
 疑問符に響く古の盟約。
 感嘆符に応える永久の絆。
 鈴の音が鳴り、オレは立ち上がった。
「仕方ないな。それならオレの胸を揉むがいい」
「誰が揉むかあっ!」
 学級委員長の雄叫びは、入場した教師の耳にもしかと届いた。
4.Astronomical Observation

 時計塔の針を先送りにして、昼休み。
 真上の太陽が琥珀色の学舎を焼き付ける。
 オレは幼馴染みお手製の弁当箱を片手に、屋上の扉を開いた。
 先客がいた。女子生徒だ。
「こんち」
「こんにちは」
 挨拶はすぐに返ってきた。
 話しかけられた方から続きを紡ぐレアリティ。
「ご機嫌いかがですか?」
「キミみたいなカワイ子ちゃんと出逢えてハッピハッピーさ!」
「またまた」
「本気なんだ!」
「それなら、一緒に食べますか?」
「いいの?」
「はい。ひとりでばかり食べていると、お行儀悪くなりますから」
「なるほどね」
 オレは女子生徒の隣に座り、弁当箱を開いた。
 中身は鮭と煮物と玉子焼きであった。玉子焼きが大好きな幼馴染みであった。
「いただきます」
「っふふ、お行儀いいですね」
 いい子いい子された。オレは惚れた。
「お近付きの印に玉子焼きを分けてあげよう」
「いいんですか?」
「飽きるくらい食べてきたからね」
「それなら、いただきます」
「じゃ、あーんして?」
「あー……」
 戸惑いもなく、躊躇うことなく口を開ける女子生徒。
 ノリのいい子であった。オレは惚れ直した。
「……ん」
「美味いか?」
「酸っぱいです?」
「実はそれ梅干しだからな」
「うー……」
 眉根を寄せる。しかし吐き出さない。
 なるほどお行儀を気にするだけのことはある。
「甘いものを期待した舌に酸っぱいものは、ちょっとしたバイオレンスです」
「すまない。しかし目を瞑る方が悪いのだ」
「だってあなたは……先輩は、キスのときに目を瞑らないつもりですか?」
「そういう後輩は、キスのときに息をとめるタイプ?」
「したことないから、分かりません」
 オレたちは未だ幼い中学生であった。
 男女の境界線は曖昧模糊に沈んでいる。
「ほら、あーん」
 こんどは玉子焼きを選ぶ。
「あー……ん、甘いです」
「とりわけ砂糖は含まれていないけどな」
「厚焼き玉子は、最初から甘いです。美味しいです」
「それはなにより」
「お礼に食パンを分けてあげましょう」
「やったね、食パンがあればご飯が三杯はいけるぜ!」
 かように話し込んでいる内に屋上の人口密度はゆるやかに上がり、また下がっていった。
 昼休みの終了時刻が迫っている。
「さて、それじゃオレはもう行くよ」
「そうですか」
「またどこかで!」
「はい、さようなら」
5.Declaration of Love

 放課後の中庭。
 早咲きの曼珠沙華。
 その中に亜麻色の髪の乙女。
 幼馴染み―――長峰鈴音。
 彼女の目の前には男子生徒。
 見覚えのある後ろ姿。
「長峰さん―――」
 羨望のテノールで。
 秘めた想いを告げる。
「僕と付き合ってくれないか?」
 長峰鈴音は答えない。
 目が合った。
 彼女と。
 そして―――
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