梅
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Monologue-Calling You&Me-
  1

 登校途中、黒猫が横切った。間を置いて猫嫌いの由未がオレにしがみつく。
「なにか不幸なことが起きる予兆だろうか」
『猫に遭遇したことが既にして不幸だよ……』
 だったら由未にジンクスは通用しないなと言ってその頭を撫でてやると、折角整えた髪を崩されたことが不幸と言ってオレから離れる由未。それでも先に行くことはなく、手の届く範囲から離れることはない。
 それから恒例の対話をこなしていると、大通りに合流する。
 車線の向こう側に登校する生徒の姿を確認して、オレは由未と手を繋いだ。オレたちは人前で手を繋ぐ駄目なカップルだった。
『でもそれは、わたしが虐めに遭わないようにする為、なんだよね?』
 上目遣いで話しかける由未。オレは目を合わせずに、前を見て返事をした。
 それから由未のする話に小さく相槌を打つことで対話を続け、繰り広げている内に琥珀色の学舎が見えてきた。
 対話の舞台は、いつだって琥珀色中学校だ。

  2

 下駄箱で由未と別れ、二年二組の教室に入る。授業を受けている間は由未のことばかり考えて過ごしていた。由未はちゃんと勉強しているだろうか? 今日は誰かと一行でも対話できただろうか? いや、勉強もしていないだろうし誰とも話していないのだろうな―――授業中に創作料理のレシピを書き始めた由未を想像して笑ってしまい、おっと誰にも見られていないだろうなと教室を見回す。ひとりの男子生徒と目が合った。なんだオマエ見てんじゃねえよ。オレが目を細めると、男子生徒は慌てて黒板に視線を戻した。
 ああ、ごめん。怯えさせてしまったなら謝る。
 心の中で謝罪して、オレも黒板に向かうことにした。まだノートに写していない部分が消されている最中だった。

  3

 休み時間、最上階の廊下で由未と対話。
 帰り道の階段で、友達と談笑する男子生徒を見つける。
「さっき授業中天城と目合ってさ、まあそれだけなら普通じゃん? で、そのあと十秒後くらいにまた天城の方見たのよ。そしたらまだこっち見てるわけ! また目合ったわけ! もう、気持ち悪かったのなんの」
「マジで? あーでもアイツ人のこと見てるよね、ブツブツ言いながら。なんだっけ、まえさあ、廊下で俯きながらピザピザピザピザ呟いてて滅茶苦茶びびったよ」
「アレでしょ? 携帯電話を耳にあてて、カモフラージュのつもりか知んないけど身振り手振りを加えてちゃ意味ないよね。脳内彼女と話してるんじゃないの?」
「まあまあ。天城くんはそれくらいにして、そろそろ次の授業始まる時間。行こう」
「行きますか!」
 彼らは立ち去って、それから二分後にチャイムが鳴った。
 窓の向こうに黒猫が立っていた。

  4

「ふたりだけの対話」
『他人という登場人物が存在しない世界』
「客観が存在しないのなら、それは彼女が存在するという証明にはならない」
『料理以外のすべての能力値が低いという劣等生』
「それは独占欲を満たす為の安易な条件」
『目立ちたくないという主張』
「それは他者との関わりを断つ為の言い訳」
『そして二重鉤括弧という記号』
「俯いて呟くという証言」
『それならこれは、電話越しの対話?』
「視覚の共有がそれを否定する」
『テレパシーという名の異能?』
「オレたちは触れ合ってしまった」
『最後に残ったのは亜狼くんの妄想』
「そしてオレ自身も、天城亜狼の妄想」
『百点と五百点の間は三百点』
「百七十六センチと百三十六センチの間は百五十六センチ」
『アニマとアニムス』
「それは独白を対話に変換する為の装置」
『わたしたちは』
「オレたちは」

「『ひとつになる』」

  5

 夏休みが終わり、千九百九十九年九月一日。
 体育館裏に先の男子生徒たちを呼び出して、呼び出しに応じなかったから彼らの下校ルートを追って走った。その道程で憎き四人組の後ろ姿を見つけ、全力疾走の勢いで跳び蹴りを入れる。
「待ち合わせ場所に来ないとは言語道断!」
 先の跳び蹴りで倒れ込んだ男子生徒にトドメを刺して、それで逃げ出した三人組の背中を追う。あっさりと追いついては漫画のように回り込んで、うちのひとりにボディを入れる。その暴力に動揺して震えていた優しそうな男子生徒の頭を地面に叩き付けて、振り向きざまに最後の男子生徒を見る。そいつは教室で目の合った男子生徒だった。呆然と立ちすくんでいたそいつの胸ぐらを掴んで、シニカルに笑ってみせた。
 天城亜狼の能力値は、月日由未の能力値に割られてもなお平均を上回る怪物―――!
『ごめんね。わたしが存在する限り、復讐は避けて通れないの』
 中性的な声で、オレは言った。
「レッツクッキング!」

  6

 すべてが終わり、倒した四人組の隣で大の字になって寝そべる。息をつく間もなく暴れたので、身体が酸素を欲している。とはいえあまり呆けていると通行人に通報されるので、休憩はあと十秒と決めて空を見上げた。
 青い雲で、白い空だった。
 十秒が経過するその直前に、男子生徒の胸ポケットにある携帯電話が鳴った。無意識に手に取る。けれど受話することはなく、切れるのを待った。
 そのあとで唯一憶えている番号に電話をかける。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
 その定型文を耳にして、オレは強烈な違和感を憶えた。
 それならオレはどこから来たというのだろう。
 それなら由未はどこへ行ったというのだろう?
「天城先輩」
 後ろから声をかけられる。
 振り向けば、黒猫を肩に乗せた女の子が、そこに居た。

  EX

「という夢を見たよ」
「……よくそこまで細やかに夢の内容を憶えているね」
 わたしが五月の初めに見た夢なんてたった九行の掌編なのに、と由未は言った。
 自らの存在を妄想扱いされたことに言及しないとは、相変わらず目の付けどころが違う。
「でも、そうだね。亜狼くんと合体できたら、授業にも喧嘩にも強くなれるんだ」
「がっ、合体とか言うなっ!」
 赤面してしまう天城亜狼であった。
 由未はときどき危ういことを言う。
「それに料理の技術だって半減するんだぞ」
「でも、わたしのリスクはそれだけだよ?」
 言葉に詰まってしまうオレだった。
 ひとつだけフォローを入れるのなら、由未の料理はたとえ半減したところで一流を名乗れる程度にはずば抜けている。
「とは言っても、一緒になっちゃったらお喋りできないんだね」
「そうだぞ。それに触れ合うことだってできない」
 言って、オレは由未と手を繋いだ。
 背中合わせになって、その両の手を繋いだ。
「だから明日からも、由未は由未のままで」
「亜狼くんは亜狼くんのままで」
 それは宿題と水浴びと夏祭りを終えた千九百九十九年八月三十一日の盟約。
 オレたちの物語は始まったばかりだ―――
(log1-c.html/2003-08-31)


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