カーネーション
ノベルKHM>賢いグレーテル
Die kluge Gretel
  0

 昔々あるところにヘンゼルとグレーテルが居ました。
 ふたりは森の中の小屋に住んでいました。
 ―――何故わざわざ?

  1

 満月の夜。月に光る石を辿って、ヘンゼルとグレーテルは来た道を戻りました。
 捨てられたと思って泣いてばかりいるグレーテルの頭を撫でて、ヘンゼルが言いました。
「家に帰りたい?」
「うん……」
「どうして?」
「だってお腹空いたよ」
「パンがあれば、グレーテルはひとりでもいいの?」
「…………?」
「お父さんのことは好き?」
「好きっ」
「お母さんのことは?」
「大好き!」
「でも、彼女はグレーテルの頬を打つんだよ」
「だってあたしが馬鹿だから……」
「虐待する親にも縋る子供の心理が分からない」
「お兄ちゃん?」
「お菓子の家があるとして、グレーテルはどうする?」
「食べる!」
「でもそこには魔女が居て、グレーテルは魔女の子になるんだ」
「……なら、食べない」
「どうして? 魔女は怖いとは限らないよ?」
「あたしはお兄ちゃんの妹だもん」
「…………」
「お兄ちゃん、好きっ」
「……グレーテル」
「なに?」
「家だ」
「―――本当だ! 帰ってこれたんだ!」
「灯りは消えてる。眠っているみたいだね」
「お母さん、開けて」
「無理に起こすとまた打たれるかもしれないよ」
「それでも言わなかったら入れてくれないもん」
「…………」
「おかーさーん」
「グレーテル」
「なに?」
「家のドアに、鍵はないよ」

  2

 家の中には誰も居なかったので、ふたりは野苺を摘んで飢えを凌ぎました。
 あるときグレーテルがひとりで野苺を摘んでいると、腕のない女の子に出逢いました。
 グレーテルは野苺を置いて話しかけました。
「こんにちはっ」
「ん? こんにちは。可愛い子やな」
「あたしグレーテル!」
「グレーテルちゃんか。何歳?」
「五歳!」
「そうか。ウチは十一歳や」
「お姉ちゃん、お手々どうしたの?」
「ああ―――うん、悪魔に取られたんよ」
「悪魔に?」
「そう。父親の願いを叶える為に、ウチの身体を贄にしたんや」
「ニエ?」
「―――子供に言うような話やなかったな」
「お姉ちゃんは、家族に愛されていないの?」
「え?」
「家出してるんでしょ?」
「ああ、いや―――」
「違うの?」
「―――そうやな。家族には、あまり愛されてないのかもしれへんな」
「やっぱり」
「この腕は、ほんまは母親に切り落とされたんよ」
「お母さんに?」
「そう。せやからウチは、助けて欲しいんや」
「あたしが助けてあげる!」
「っはは、グレーテルちゃんが魔女やったらそれも考えるんやけどな」
「魔女じゃないけど、あたし強いんだよ!」
「ん? ちょ、押し倒さんで!」
「強いんだもー!」
「痛い痛い! こっ、子供にも勝てないウチって……!」

  3

 家に戻ってしばらくすると、木こりのお父さんが帰ってきました。
 グレーテルが力一杯抱きついていると、後ろから継母が現れました。
 グレーテルが全力疾走して継母に抱きつくと、継母が言いました。
「おおヘンゼル」
「あたしグレーテルよ? お母さん」
「……ゴホン。グレーテル、これをやろう」
「―――チョコレート!」
「嫌いだったか?」
「食べたことない! 食べたい!」
「ほれ」
「! いただきます!」
「慌てて食べんでも、千枚は作れるぞ」
「美味しい! 幸せっ!」
「―――おまえは可愛いな。妾のペットにならないか?」
「ペット? 犬とか?」
「タルトをやろう」
「わん!」
「はふぅ……」
 グレーテルを見てうっとりしていた継母の裾をヘンゼルが引っ張りました。
 そして「おかえり、お母さん」と今更なことを言っているのを聞いて、グレーテルは言いました。
「ねーねー、お母さん」
「なんじゃ?」
「あなたは一体、誰ですか?」
「……………………え?」
「お兄ちゃん、知らない人が居る」
 グレーテルはヘンゼルに抱きつきました。
 それでもしっかりタルトは握っていました。
「グレーテル」
 ヘンゼルが言いました。
「―――もう母さんの顔を忘れたの?」
「えっ、それじゃあれはお母さんなの? 魔女じゃないの?」
「そうだよ。僕が保証する」
 グレーテルはもう一度継母に向き合って、頭を下げました。
 そしてタルトを食べて言いました。
「…………もっと」

  4

 それからすぐに継母は魔女の姿に戻りましたが、グレーテルはそれも含めて母親だと信じ込んでいました。
 彼女にとってヘンゼルの言葉はいつだって正しくて、自分で考えるということをあまりしないグレーテルは、言うことを聞くので精一杯。
 それからは魔女の御伽噺を聞いて、魔女の魔力で作られたお菓子を食べてばかりの楽園を味わっていました。
 そんなある日、ヘンゼルとグレーテルの家に王子様とお妃様が訪れました。
「オレは槍の王子だ。娘、すまないが泊めてくれないか? 礼は弾むぞ!」
「子供に用件を言わないの」
 お妃様はグレーテルに話しかけました。
「家の人、居る?」
「居るよ? 呼んでくるね」
「あら、よく出来た子ね」
 グレーテルは『家の人』に父親である木こりを選びました。
 三つの指輪を嵌めた木こりに、王子は言いました。
「―――兄上?」

 それはそれとして、その間にグレーテルはシンデレラとお喋りをしていました。
「グレーテルは何歳?」
「六歳! お姉ちゃんは?」
「十六歳」
「大人だー……」
「いまに貴女も大人になるわ」
「でもあたしは子供のままがいいの」
「そう?」
「お兄ちゃんに愛されて、お母さんに愛されて、お父さんに愛されて、幸せだよ!」
「それは素敵」
「えへへー」
「でもグレーテル―――貴女は傷だらけじゃない」
「これ? これは違うの」
「虐待痕に見えるけど」
「違うの。お兄ちゃんも勘違いしてたけど、これは違うの」
「隠さなくてもいいのよ?」
「ちーがーうーのー。これはぁ、自然に浮かび上がってくるの!」
「……………………」
「お母さんに虐められたことなんてないんだよ?」
「…………スティグマ」
「……すてぃ? なに?」
「ううん。それなら貴女は、幸せになれるのかもね」
「いまよりも?」
「いまよりも」

  5

 そしてそれからすぐに、魔女はヘンゼルとグレーテルの家に戻らない日が続きました。
 流石に心配になって、三人はお菓子の家に向かいました。
 そこには泥が広がるばかりでした。
 その先に落ちていた赤色の杖をヘンゼルが拾い上げました。
 それから十字架に巻き付けられていた赤ずきんをマントにします。
 グレーテルは泥の中で踊るばかりです。
 ……………………。
 …………。
 ……。

  6

 三年後。
 グレーテルが魔女の竹箒で家の前を掃いていると、鹿を連れた女の子に出会いました。
 彼女はグレーテルの手にしている物を見て、急いで逃げようとしました。
「―――え? 待ってよー!」
 グレーテルは竹箒に跨って、呪印を刻みました。
 それだけで空を飛んだグレーテルは、すぐに女の子に追いつきました。
「ねーねー、そっちは危ないよ? お兄ちゃんが素振りしてるから」
 忠告を聞かずに走った女の子は、突如現れた炎に焼かれそうになりました。
 それはグレーテルの泥の魔法によって回避されました。
「あなたは何歳?」
「…………」
 女の子は黙り込んでしまいました。
 グレーテルが竹箒を構えると、やっと口を動かしました。
「ろ、六歳です!」
「そっか。その鹿は?」
「兄さんは―――いえ、えっと、九歳です」
「どうして連れているの?」
「それは……」
 グレーテルは深くは聞かず、聞きたいことだけ聞きました。
「家出したの?」
「……はい」
「どうしてしたの?」
「魔女に」
「ん?」
「魔女に本当の両親を殺されたから、です」
「えぇー! それはひどいね!」
「…………」
「これからどうするの?」
「わたしは―――」

「わたしは兄さんと静かに暮らしたい」

「仇は討たないの?」
「はい」
「そんなに強いのに?」
「強くなんか、ないです」
「またまたぁ」
「…………」
「まあいいや。静かに暮らしたいのなら、森の奥に洞穴があるよ。外部からの魔法を遮断してくれるし、魔法を持たない人からは見えないというおまけ付き。泥の魔女の隠れ家をあなたにあげるよ」
「……本当ですか?」
「うんっ。六歳なのにしっかりしてるから、ご褒美。ところであなたのお名前は?」
「イバラ、です」
「いい名前だね」
「……あの、それじゃ、わたしはこれで」
「うん。ばいばい、棘姫」

「母親は娘を護るもの、だったよね? お母さん―――」
(khm77.html/2006-11-14)


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Kinder und Hausmarchen
Title
01 星の銀貨-Die Sterntaler-
02 ラプンツェル-Rapunzel-
03 兄と妹-Bruderchen und Schwesterchen-
04 ヘンゼルとグレーテル-Hansel und Gretel-
05 シンデレラ-Aschenputtel-
06 手なし娘-Das Madchen ohne Hande-
07 踊ってすりきれた靴-Die Zertanzten Schuhe-
08 森の中のおばあさん-Die Alte im Wald-
09 赤ずきん-Rotkappchen-
10 雪白と薔薇紅-Schneeweischen und Rosenrot-
11 狼と七匹の仔山羊-Der Wolf und die sieben jungen Geislein-
12 賢いグレーテル-Die kluge Gretel-
EX ハウスメルヒェン・ダイアログ
EX 子供たちが屠殺ごっこをした話
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