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ノベル>KHM>手なし娘 | ||
Das Madchen ohne Hande
1 昔々あるところに父親が居ました。 それはつまり娘が居て、娘が居る限り母親も居ました。 ある日悪魔が現れて言いました。 「オマエたちはとても貧しイ。ワタシが金持ちにしてやろうカ?」 父親はこれ幸いとばかりに頷いて、頷いた父親に悪魔は続けて言いました。 「そう慌てるなヨ。ワタシは悪魔ダ。それなりの対価を頂くゾ?」 父親は自分の命以外ならなんでも捧げると言いました。 悪魔は口を三日月のカタチにして笑いました。 「それならこの家の裏庭にあるものを頂こウ。 ―――しかしまだ熟していなイ。千日経ったらまた来るゾ?」 そう言って悪魔は口のカタチを残像にして去って行きました。 裏庭には林檎の木がありました。 そして落ち葉を掃く娘の姿がありました。 2 悪魔との契約を済ませると、父親はあっという間にお金持ちになりました。 それはつまり家族が貴族になったということを意味して、両親は優しくなりました。 その多くのお金を娘の為に使う父親の姿は、どこか贖罪じみていました。 終わりの見えている至福の時間は驚くほどあっという間に過ぎて、千日が経ちました。 悪魔が現れて言いました。 「約束のものを貰おうカ」 父親は林檎の実を悪魔に握らせて薦めました。 「気が利くナ。ワタシは林檎が大好きダ」 そう言って悪魔はシャリシャリと林檎を食べました。 それは毒林檎でした。 「―――オノレ、謀ったナ……!」 「騙される方が悪いんや」 父親は言って、赤い柄の包丁で悪魔の身体を貫きました。 悪魔は絶叫を上げたあとで、動かなくなりました。 「お父さん、いまの声はなに? それからまだ出たらあかんの?」 台所の収納に隠れていた娘が尋ねました。 悪魔の死体を裏庭で焼いたあとで、父親は言いました。 「もう出てええよ」 「ほんま?」 両親は娘が出てくるのを待ちましたが、扉は一向に開きませんでした。 「あれ……?」 娘は言いました。 「ウチの腕、のうなってしもうたわ」 3 母親が扉を開くと、扉に寄り掛かっていたせいでしょう、娘は肩と頭をしたたかに床に打ち付けました。 俯せに倒れる娘の姿を見て、両親は絶句しました。 娘には、両腕が欠落していました。 肩口から先が綺麗に消失していました。 まるで初めからそんなものなかったのだというように、傷跡のひとつもありませんでした。 父親は言いました。 「契約や。くそっ、あの悪魔、死を前にしてあくまで契約を実行しやがった!」 父親は幾分軽くなってしまった娘の身体を抱いて謝りました。 娘は年を重ねていたので、そんな父親の抱擁を少しうざったく思っていました。 そして娘は言いました。 「それならウチ、魔法使いを捜す旅に出るわ」 娘は父親の腕を逃れて立ち上がり、両足を交互に着いてバランスを取りました。 両腕を使わずにバランスを取る練習をしながら、娘は言いました。 「そして両腕を元に戻してもらうねん。―――元に、戻るよね?」 父親は力強く頷きました。 そして娘は言いました。 「荒地の家の、芽吹きの魔法使いを捜す旅へ!」 4 そして娘のささやかな冒険が始まりました。 所持金はマックスで、仲間は両親。 能力値は子供にも劣る娘はしかし、どこか楽しそうに道を歩くのでした。 それは自分の腕は確実に元に戻ると信じているからで。 そして節約にも散財にも慣れてしまった娘は、こんどは胸躍る冒険に出たかったのでしょう。 野を越えて山を越えて、真っ暗闇の森の中を抜けると城下町に出ました。 その国では三日限りの舞踏会が開かれていて、今夜がその最終夜なのだと街の人は告げました。 ホテルの一室で、娘は両親に言いました。 「ふたりとも行ってええよ? ウチはご飯でも食べて待っているわ」 食い下がったあとで「あたしはひとりになりたいの。本当はひとり旅に出たかったんだから」と娘に言われた両親は、恥ずかしそうに手を繋いで城へと向かいました。 娘はボーイの手からご飯を食べさせてもらったあとで、窓から外を見ました。 舞踏会はとうに始まっているというのに、そこには貴族や兵士が歩き回っていました。 その中に青色のローブを纏った男を見つけて、娘は急いでボーイを連れてホテルを出ました。 5 ボーイに自分を背負うように頼んで、青色のローブの男を探して走らせました。 彼は意外とすぐに見つかりました。 「待って! 待ってよ、ローブの人!」 ボーイの背中を降りて、娘は叫びました。 男は振り向いて言いました。 「―――僕になにか用かな? ダッフルコートの女の子」 「あなたは魔法使い?」 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、青色のローブを纏った男―――幻影の魔法使いは返しました。 「どうして分かった!」 「いや、全身をローブで包んでいるなんて怪しさ全開やし。囚人か魔法使いくらいしか居ないやろ」 「その心はどちらも罪を償っています―――ってね」 幻影の魔法使いは、どこからともなく手錠を取り出して言いました。 「もう一度聞くけど。僕になんの用だい?」 娘はボーイに自分のダッフルコートと上着を脱がせるように頼みました。 袖のない肌着姿になると、欠落した腕を見せて言いました。 「ウチの腕、元に戻るやろか」 目を背けて、幻影の魔法使いが言いました。 「きみは可哀想な女の子なんだね?」 6 幻影の魔法使いにはふたつの能力がありました。 ひとつは無機物の幻を生み出し、一時的にマジック・アイテムとして使用する能力。 もうひとつは有機物の肉体を改造し、鼠を馬に、自分を鳩へと変身させる能力。 基本的にはその対象よりも強く優れたカタチにしか変身させることができず、また自分自身に限ってはその逆という直接戦闘には不向きなものでした。 その真価は仲間の肉体強化であり、そしてもちろん娘の欠落した腕を再生させることなど朝飯前でした。 と言っても、もちろん大量の魔力を消費しては心が折れてしまうのですが――― それでも、幻影の魔法使いはとても優秀な魔法使いだったのです。 7 場所は再びホテルの一室。 ボーイに百回分のチップを渡したあとで、娘は言いました。 「ほんまは芽吹きの魔法使いを捜していたんやけど、ラッキーやったよ」 「ラプンツェルを知っているの?」 「名前は知らん。でも、ウチの村では治癒の巫女として有名なんや」 「確かに彼女の魔法は『成長と再生』。癒しの為にあるような能力だね」 「よく分からへんけど、幻影のお兄さんやって元に戻せるんやろ?」 「まあね。それでも僕の魔法は外科手術。彼女のそれと違って、少しだけ痛みを伴うよ?」 「……それは嫌やなぁ」 「痛かったら手を挙げてね」 「それはブラックジョーク?」 「冗談だよ。泣いても叫んでもいい。僕が哀れんであげる」 「え? なに、お兄さん変態? ちょ、触らんといて! なんやその首輪は! 噛むぞ! 殺すぞ! いてまうぞー!」 クチナシの首輪によって声を失った娘の、音のない罵詈雑言が続きました。 その手術は全然ちっとも痛くなかったのに、散々脅された娘は精神的に疲弊して深く眠りました。 8 次の日になると、娘は起き抜けの両親に両腕を見せました。 目を見開いて驚いて、それから手を取り合って喜びました。 そして娘は言いました。 「お父さん、いままでごめんな? ウチ、少し夜遊びを自粛することにしたわ」 諸手を上げて驚く父親に、娘は続けて言いました。 「……男は狼や。自分さえ満腹になればええっちゅう最低の動物や。弱みを握ってつけこんで、言うこと聞かへんと怒るくせに簡単に見捨てるんや。それは確かに素晴らしい施しを与えてもらったけどや、感謝はしているけど―――それと同じくらい憎たらしい!」 拳を握る娘に、父親は腕を抱いて言いました。 「父さんが悪かった! ほんま父さんは自分のことしか考えてへんくて―――ほんまに悪かった! 許してくれ!」 手をついて謝る父親に、娘は首を傾げるばかりでした。 ◇ さて、それから三年前のこと。 母親が裏庭に行くと、そこには悪魔が佇んでいました。 それは物欲しそうに林檎の木を眺めていましたとさ。 (khm31.html/2006-10-19) /踊ってすりきれた靴へ |
Kinder und Hausmarchen
Title 01 星の銀貨-Die Sterntaler- 02 ラプンツェル-Rapunzel- 03 兄と妹-Bruderchen und Schwesterchen- 04 ヘンゼルとグレーテル-Hansel und Gretel- 05 シンデレラ-Aschenputtel- 06 手なし娘-Das Madchen ohne Hande- 07 踊ってすりきれた靴-Die Zertanzten Schuhe- 08 森の中のおばあさん-Die Alte im Wald- 09 赤ずきん-Rotkappchen- 10 雪白と薔薇紅-Schneeweischen und Rosenrot- 11 狼と七匹の仔山羊-Der Wolf und die sieben jungen Geislein- 12 賢いグレーテル-Die kluge Gretel- EX ハウスメルヒェン・ダイアログ EX 子供たちが屠殺ごっこをした話 /グリム・インデックスへ |