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ノベル>KHM>森の中のおばあさん | ||
Die Alte im Wald
0 昔々あるところに――― 1 薄い緑色の長い髪を揺らす、年の頃は二十代の前半といったところでしょうか、花のような女の人が居ました。 傍らには同じ年頃の男が居て、彼はその国の王家の紋章が刻まれた剣を携えていました。 ふたりは森の中に見つけたお菓子の家の前に佇んでいました。 男は警戒して剣に手をかけ、それを無視する形で女の人はビスケットのドアにノックをしました。 「―――妾の眠りを妨げるのは誰じゃ?」 童女の声が響いたあとで扉が外側に開き、中からは童女が現れました。 童女は言いました。 「ラプンツェル―――ラプンツェルなのか?」 「お久しぶりなの、妖精さん。また髪を切ってくれる?」 2 童女は三人分の紅茶を淹れてペロペロキャンディのテーブルの上に載せました。 三人は紅茶を飲みながら鼎談しました。 「子供は無事に産まれたのか?」 「うん。男の子が産まれて、三年前に妹ができたのよ?」 「ほう、妹か。それは将来有望じゃのう」 「どうして?」 「ラプンツェル、おまえは芽吹きの魔法使いじゃ」 「そう呼ばれているわ」 「しかし最近、その能力が薄れていってると思わないか?」 「あなたがどうしてそれを?」 「―――あのときの王子か。よく生きておったな?」 「僕たち王族の肉体を甘く見ないでもらいたい」 「いや、だからと言って塔から飛び降りることもあるまいに」 「昔の話です。若かったんです。至っちゃったんです!」 「ま、おまえも無事でなによりじゃ」 「ラプンツェルに癒してもらっただけなんですけどね―――それで、どうして芽吹きの魔法が薄れていることを?」 「ふむ。母親の魔法は長女に受け継がれるものなのじゃ」 「だからあの子は、あまり泣かないのね」 「と言っても相伝には時間がかかる。長いこと一緒に居ない限り、すべてを略奪されることはないがな」 「ううん。わたしはわたしの魔法を娘に与えたいわ。できる限り一緒に居ることにするの」 「好きにするがいい。そう言えば今日は、誰が子供の面倒を見ておるのじゃ? まだ六歳と三歳じゃろ?」 「傷を癒してあげた村の人に見てもらっているの」 「―――なるほど。魔法使いは徳があっていいのう、妾なんかこの家に押し入られては殺されかけてばかりじゃぞ?」 「魔法使いとか魔女とか、よく分からないのだけれど」 「善行を積む者が魔法使い、悪行を重ねる者が魔女じゃ」 3 それから感情的になってラプンツェルの塔から追い出してしまったことを童女が詫びたりしていると、やがてノックの音が響きました。 「新聞なら要らぬぞ。牛乳は欲しいかもしれない。おまえは何者じゃ?」 「オレは人間の王だ。この扉を開け、お菓子の魔女」 「……妾はそんな可愛い存在ではない。お菓子を使った悪行などあるのか? 妾は泥の魔女じゃ」 そう言って素直に童女が扉を開くと、外からはふたりの人影が侵入してきました。 ひとりは人間の王と自称した大男で、なるほど王家の紋章が刻まれた槍を背中に背負っていました。 「お菓子だって節度を守らなければ有毒よ。そうね、虫歯の魔女とでも名乗ってはいかが?」 もうひとりは金色の髪をショートカットにした娘で、森の中だと言うのに硝子の靴を履いていました。 第一声が毒舌だった割に、ドレスの裾を掴んで礼儀の正しい挨拶をしました。 「私の名前は硝子の魔女。王の第二子のその妃、灰かぶりと書いてシンデレラよ?」 4 童女がお湯を沸かしていると、大男が王子に言いました。 「兄上、兄上じゃないか。不死者になって森を彷徨っていたとは聞いていたが、本当だったとは」 「本当じゃないよ! どこからどう見ても健康体じゃないか!」 「ハッ、真っ白な顔をして言われてもな?」 「コラ! おまえ、コラ! 僕は兄だぞ? 王位継承権の一位だぞ?」 「妃も居ないようじゃ国王は務らねえよ」 「妃は居るよ! ねえ、ラプンツェル?」 「わたしはお城には住みたくないの」 「二秒で振られてやがる。さすが兄上。プッ、クスクス」 「おまえ殴る!」 そのように王子(兄)と王子(弟)が喧嘩をしているとき、妃はラプンツェルと対話を楽しんでいました。 「十七歳でシングルマザー? それはとても大変だったのでしょうね」 「そんなことないの。わたしには魔法があったから、わたしはあまり食べ物を食べなくてよかったし」 「ああ。食べ物なんてないと思えば意外と食べなくてもやっていけるものよね、同意するわ」 「シンデレラは何歳?」 「十六歳よ。彼は十八歳。ふたりで二年間の旅をしていたのだけれど、もう城に帰ることにしたわ」 「子供を産むのね?」 「―――そうよ」 「祝福するわ! わたしの家に来てシンデレラ、ラプンツェルを分けてあげる!」 それからシンデレラの冒険譚を聞いていると、またまたノックの音が響きました。 童女がよっこらしょと見た目に似合わない動きをして、扉を開きました。 5 「やあ。久しぶりだね、泥の魔女。それとも妖精さんと呼んだ方がいいかな?」 「帰れ。土に還れ」 扉の向こうには青色のローブを着た男が居ました。 男は連れないなあと言って、それからローブの留め金を外しました。 中からはシンデレラと同じような年の―――それでも随分と小柄な女の子が現れました。 「この子は手なし娘。いや、手はあるんだけどね? これは僕の魔力でできた偽物なんだ」 「た、助けて! 助けてよ魔女っ娘! こいつ誘拐魔―――!」 すべてを言い切る前にローブを閉じた男を、童女は睨み付けました。 「おまえはカタギの娘にまで手を付けるほど変態なのか。よし、そこに直れ。泥に沈めてやる」 「まあ待ってよ。僕は善行を積み重ねる幻影の魔法使い。これにだって理由があると思わない?」 「思わない。『泥にまみれて喚くが―――』」 呪印を刻んで呪文を唱える童女の口を、ローブの男が塞ぎました。 そしてそのままお姫様抱っこをしてお菓子の家に侵入しました。 「まったく、きみの魔法は強力だけど、いかんせん詠唱が長すぎるよ。せめて口を塞がれないよう身体を鍛えたら?」 童女を床に降ろして、それから適当な席に着きました。 ローブはゆったりとしたサイズでしたが、それにしたって中に娘が収納されているとは思えない動きでした。 「あ、僕紅茶飲めないから。珈琲にしてくれる?」 「泥でも飲んでろ」 6 そうしてふたりの魔法使いとふたりの魔女、ふたりの王族とひとりの娘が一堂に会しました。 それはそれぞれの物語の中での必然であり―――それでも、この日このときに全員が行動したのは偶然だったのでしょう。 「妖精さん、妖精さん。少し切り過ぎじゃないかしら?」 童女はラプンツェルの髪を時間をかけて切りました。 「子供たちは元気かな……。なんだか、今日は無性に心配だよ」 「ふん、おまえたちの子供なんだろ? それなら安心しろ。子供と言えど王族と魔法使い。そこいらの魔女には負けねぇよ」 兄弟は酒を酌み交わして子育て相談をしていました。 「へえ、意外と美味しいのね。どうして傷まないのかしら? 世界は不思議で満ちているわ……」 シンデレラはその上品な姿に似合わずに、しかしそのことを自覚せずにお菓子の家を食べていました。 「誰もウチの心配とかせーへん……。監禁されてるのに……。みんな騙されてるよ! こいつは本当に変態なんよ!?」 「はいはい、声を出しても誰にも届かないよ。このローブはアーティファクトなんだ。きみは外界と遮断されているんだよ?」 ローブの男は娘の頭を執拗に撫で、その手に噛み付かれたりしていました。 さて、そうしている内に夕方になりました。 その日最後のノックが鳴りました。 7 童女が扉を開けるまでもなく、鍵をかけていたはずの扉が開かれました。 外からは赤色のずきんを被った女の子がバスケットを携えて入ってきました。 「どうしたんだい? 赤いずきんの女の子」 前に立つローブの男の手を避けて、女の子は前進しました。 ソフトクリームを舐めているシンデレラの横を通過しました。 「おいおい、教育のなっていないガキだな。用件を聞こうか」 立ちふさがるふたりの王子の目を見て、女の子はバスケットの中に手を入れました。 中から煌びやかな銀貨を三枚ほど取り出しました。 「魔力―――充填」 それは聞く人を魅了する甘く幼い声で言いました。 「スウィートブリーズ」 足下から純白の風を巻き起こして、家の中を引っかき回しました。 ふたりの王子がたたらを踏んでいる間にその横を通り過ぎて、そしてキッチンに辿り着きました。 そこにはラプンツェルの髪を切り終えた童女が居ました。 「なんじゃ。魔女狩りか?」 童女は鋏をクルクルと回して女の子に突きつけました。 それを無視して女の子は言いました。 「見つけた……」 それは百年の仇に向けて放たれるような、虚無感の込められた声でした。 指の間に挟まれた二枚の銀貨を向けて、女の子は呟きました。 「魔力充填―――二百パーセント」 お菓子の家が震えました。 「星の銀貨」 童女が目を見開いてラプンツェルを庇いました。 「サイクロン!」 轟音と共に、お菓子の家が爆散しました。 そこから発生した純白の竜巻は、まるで天を貫くように空を侵していました。 (khm123.html/2006-10-21) /赤ずきんへ |
Kinder und Hausmarchen
Title 01 星の銀貨-Die Sterntaler- 02 ラプンツェル-Rapunzel- 03 兄と妹-Bruderchen und Schwesterchen- 04 ヘンゼルとグレーテル-Hansel und Gretel- 05 シンデレラ-Aschenputtel- 06 手なし娘-Das Madchen ohne Hande- 07 踊ってすりきれた靴-Die Zertanzten Schuhe- 08 森の中のおばあさん-Die Alte im Wald- 09 赤ずきん-Rotkappchen- 10 雪白と薔薇紅-Schneeweischen und Rosenrot- 11 狼と七匹の仔山羊-Der Wolf und die sieben jungen Geislein- 12 賢いグレーテル-Die kluge Gretel- EX ハウスメルヒェン・ダイアログ EX 子供たちが屠殺ごっこをした話 /グリム・インデックスへ |