カーネーション
ノベルKHM>踊ってすりきれた靴
Die Zertanzten Schuhe
  0

 シンデレラは未だ幼い十四才。
 資質は十分、足りないのは経験値。
 世界の作りを知る為に、王子と共に旅に出たのじゃ。

  1

 荒地を抜けたその先に海の見える街があった。
 その土地を治めている領主には、十二人の娘があった。
 領主は娘をたいそう愛しておってな、それは過剰と呼べるものじゃったのじゃろう、外出を許さずに屋敷に軟禁して育てたのじゃ。
 それでも十二人の姉妹は文句のひとつも言わず、また狂いもしなかった。
 そのことを不思議に思ったメイドのひとりが、ある日姉妹の行動をずっと見張っておったのじゃ。
 そしてメイドは見てしまった。
 それは満月の夜のこと。
 ベッドの下に隠し通路が現れ、その中に姉妹が消えていくのを。

  2

 姉妹の靴は揃って一月で擦り切れてしまい、そのことを不思議に思った領主は娘に問い正した。
 長女が答えた。
「男のお父様には、どうせ分からないことですわ」
 それで領主が思考停止してしまえばこの物語の主人公は姉妹になったのじゃろう、しかし娘のすべてを知りたがった領主は食い下がった。
 そのあとでメイドに問いつめて、領主は答えを得ることになる。
 それは満月の夜のこと。
 ベッドの下の隠し通路を歩く姉妹の後ろを、領主はこっそりと尾行した。

  3

 階段を下りたり上がったりを繰り返すと、やがて洞穴から外に出た。
 そこは草原じゃった。
 見たこともないような草木ばかりが芽吹き、花からは不思議な匂いがした。
 慣れた風に草原を歩く姉妹についていく領主。
 やがて大きな湖に辿り着くと、そこには十二人の男が居た。
 その背中には十二隻の小舟。
 姉妹を乗せて漕ぎ出す男の虚ろな顔を見て、領主は立ち呆けた。
 いつまで経っても戻ってくる気配がなかったので、道を引き返すことにした。

  4

 さて、それからしばらく経つと、客人があった。
 隣国の王子とその妃らしい。
 快く屋敷に泊めてやることにした領主は、妃の硝子の靴を見て話を切り出した。
「王子様ということは、やはり魔法を扱えるのですかな?」
 王子は食事を摂りながら返事をした。
「正確には魔法ではないが、使えることは使えるぞ」
「それは素晴らしい! 実は折り入って頼み事があるのですが―――」
 そして領主は姉妹の秘密を打ち明けた。
 更に追跡して姉妹と男はなにをやっているのか突き止めて欲しい、と領主は言った。
 王子は気が進まないように見えたが、これに妃の方が頷いた。
「悪魔の仕業じゃ、ないかしら?」

  5

 満月の夜が訪れて、妃は行動を開始した。
 呪印を刻めば妃の姿は見えなくなった。
 手を繋げば王子の姿も見えなくなった。
 それは因果をねじ曲げて存在を秘密にする硝子の魔法。
 足音を立てずに姉妹を尾行したふたりは、領主のときと違って本当に気付かれなかった。
 階段を下りて階段を上ると、やがて草原に辿り着いた。
「この花は文献で見たことがあるな。恐らくは神界の花だろう」
「神界?」
「ふむ、天使と悪魔、それから召喚魔法使いのみが行き来できる異世界だ」
 雑談をしてもなお気付かれないふたりは、やがて大きな湖に辿り着いた。
 見れば姉妹と十二人の男が小舟に乗り込んでいる。
 しかしそれをまるで無視して、ふたりは優雅に対話を楽しんだ。

  6

 そして三十分ほど経つと、やがて王子が湖の前に立った。
 水面に手をつけて、大きな声で叫んだ。
「従え水の精! 『道を開けろ』!」
 すると手をついたところから水面が割れ、壮大な音を立てて左右に割れた。
 滝をふたつ作った王子は、妃の手を引いて歩いた。
「っふふ、あなたなら魔王にだってなれそうね?」
「それは遠慮願う。悪魔と付き合うのはもう懲り懲りなのだ」
 それからまた三十分ほど歩くと、やがて神殿に着いた。
 妃が呪印を刻むと、ふたりは空を飛んで陸に上がった。
 湖が元に戻るのを確認すると、ふたりは神殿に侵入した。

  7

 姉妹と男の姿を捜せば、それはすぐに見つかった。
 十二組の男女は神殿の大広間で踊っていた。
 それはお世辞にも優雅とは言えない激しいものじゃった。
 靴を床に叩き付けるタップ・ダンス。
 男をリードしてばかりの姉妹は、片時も休むことなく舞を続けた。
 それはまるで儀式のように。
 悪魔でも召喚するような禍々しい祭典に見えた。
 王子と妃は目を逸らさずに見つめて、やがて夜が明けようとした頃。
 十二組の男女は神殿を後にした。
 姉妹を屋敷に送る為じゃろう。
 テーブルの上の料理をつまんで、ふたりは待った。

  8

 そして十二人の男が神殿に戻ってきた。
 驚いた風でもなく、王子と妃に向き合う。
「僕たちになにか用が?」
「ああ。聞きたいことがふたつある」
「どうぞ」
「おまえたちは魔法使いか?」
「違いますね」
「そうか。それなら、さっきの舞にはなんの意味がある?」
「あれは―――」

「いえ、教えることはできません」

「ほう。ところでオレは人間の王だ」
「はあ」
「『教えろ』とこのオレが言っている!」
「―――ッ!」
「どうした? ん、おまえ―――呪われているのか?」
「あ……あ……助け……」
 男がうずくまって苦しんでいるとき、突如として轟音が響いた。
 それから強烈な振動に襲われて、王子と妃が振り向けば、そこには。
 神像を破壊して現れた悪魔の姿が―――

  9

 妃の行動は誰よりも早かった。
 まるでその靴はジェット噴射機なのだというように加速した妃は、国王を掴んで神殿の外へ出た。
 そのGに自分で気持ち悪くなり、すぐに魔法を解除する。
 湖面の上に放り出された妃の身体を抱いて、王子が叫んだ。
「従え水の精! 『凍れ』!」
 言霊に従って一瞬で氷結した湖面の上に、妃を抱えたまま着氷する。
 神殿の方を見れば、そこには悠然と歩く悪魔の姿。
 その身体は二メートルを超えて、紫色。
 頭の上に尖った耳を乗せたその姿は、まるで魔王のようじゃった。
 悪魔は言った。
「あと少しだったのニ。あと少しで神界への扉が開かれたのニ!」
 奇怪な音を立てて翼を生やし、指よりも長い爪を剥き出しにして悪魔は叫んだ。
「殺してやル!」

  10

 悪魔の爪を、硝子の靴が受け止めた。
 空いた靴で悪魔の顔を狙うと、あっさりと手で受け止められた。
 両足を掴まれて上空に投げ飛ばされた妃は、しかしすぐにバランスを取り戻す。
 物理法則を無視して悪魔の背後に滑空して、その翼の付け根に踵を落とした。
「がハッ! 小癪ナッ!」
 振り向いてその頭を握りつぶそうとすると、王子。
「従え悪魔! 『永遠に眠れ』!」
 悪魔の尻尾を掴んでそう言った王子は、しかし尻尾の力だけで振り上げられ、そのボディを殴られた。
 ―――王子の命令は絶対ではあるが、しかしそれはこの世のものに限られる。
 異世界の住人である悪魔には無効なのじゃ。
「ハッ、男の方は雑兵カ。女、かかっテ……」
 悪魔が振り向いたとき、妃は居なかった。
 否、存在秘密の魔法を使って姿を消したのじゃ。

  11

 悪魔はひとり踊るように爪を翼を尻尾を振り回していた。
 しかし見えない妃にはまともに当たることなく、その爪を折られて翼をもがれて尻尾を踏みつけられる。
「貴様ッ! 正々堂々と戦エッ!」
 悪魔の戯言を無視して踊る妃。
 その身体は直撃ではないものの強烈な悪魔の攻撃を受けていて、傷付いていたと言える。
 妃は距離を置いて魔力を足先に集中させた。
 そして身体に魔力を纏わせられなくなったからじゃろう、妃は姿を現して言った。
「分かったわ。同じ舞台で戦ってあげる」
 嬉々として妃に襲いかかる悪魔。
 爪を弾いて肩に手をかけて跳躍、その首筋を穿つように斜めから蹴りを入れた。
「―――頑固なんだから……!」

  12

 そのダメージで狂ってしまった悪魔は、言葉になっていない叫び声を上げて妃の硝子の靴を掴んだ。
 そしてこんどは氷に叩き付けようと妃を振り落とす。
 着氷と同時、氷は水に戻って衝撃を吸収した。
 湖に沈む硝子の魔女。
「すぐに終わらせよう。待っていろ、シンデレラ」
 そう言って―――異国の王子が槍を取り出した。
 悪魔の爪を辛うじて捌いて、王子は言う。
「従え魔槍! 『敵を討て』!」
 言霊に従って悪魔の胸に吸い込まれてゆく魔槍。
 貫くかと思った魔槍はしかし、悪魔の呪文によって弾かれる。
「従え水の精! 『敵を閉じ込めろ』!」
 王子が続けざまにそう言うと、絶氷が悪魔の身体を閉じ込めた。
 しかしそれもすぐに破壊され、王子は悪魔に胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。
 しかして王子と妃は敗北を喫した。

 諦めて、王子は言った。
「従え、我が肉体よ! その命尽きるまで! 『敵を討て!』」

  13

 そして王子は意識を失った。
 しかし依然として王子は戦いを続けている。
「なニッ! なんだこれハ、これは魔法なのカ!?」
 氷に、水に、触れる空気にさえ存在を否定されているような絶望感。
 世界中を敵に回したような背徳感を持ってして、悪魔は王子に殴りかかった。
 人間離れした力で弾かれる。
「くソッ! ワガハイは悪魔だゾ、人間の魔力に劣るはずがなイッ!」
 そう言って空を飛んだ悪魔に、王子は跳躍して距離を詰めた。
 その飛距離は―――目を疑うほどのものじゃった。
「待テッ! ワガハイにも秘奥義があル! せめてそれを出すまデ―――!」
 聞く耳持たず、というより単純に聞こえていないだけじゃな、王子は躊躇わずに槍でもって悪魔の身体を貫いた。
 悪魔の断末魔が、湖上に響いた。

  14

 沈められたまま放置されていた妃が自力で水面に顔を出した頃、王子は悪魔の死体をずっとずっと破壊していた。
 あぁまたかと思った妃はそんな王子の後ろ姿を抱き留めて、言った。
「―――解呪のコードはキス。目覚めなさい、あなたは自由よ」
 言葉通りのことをすると、王子は全身の力を抜いて倒れた。
 目覚めろというのに眠るという皮肉である。
 そんな王子をどうやって運ぶか逡巡していると、神殿から十二人の男が走ってきた。
「ありがとうございます! 僕たち、あの悪魔に従わされていて―――」
「その話は屋敷でしましょう。なんだか私、疲れてしまったわ」
 そして氷の上を歩いて草原を歩いて、階段を下ったあとで上る。
 あらゆる説明を十二人の男に任せたあとで、妃はシャワーを浴びて部屋に戻った。
 朝日が王子の眠った顔を照らしていた。
 カーテンを閉めて同じベッドに入る妃。
 おやすみなさいと、彼女は言った。

  ◇

 さて、そのような灰かぶり姫の冒険は未だ始まったばかり。
 誰かを癒す力を持っていないふたり組は、今日もこうして勧善懲悪の物語を紡ぎ続けるのじゃ。
(khm133.html/2006-10-20)


/森の中のおばあさんへ
Kinder und Hausmarchen
Title
01 星の銀貨-Die Sterntaler-
02 ラプンツェル-Rapunzel-
03 兄と妹-Bruderchen und Schwesterchen-
04 ヘンゼルとグレーテル-Hansel und Gretel-
05 シンデレラ-Aschenputtel-
06 手なし娘-Das Madchen ohne Hande-
07 踊ってすりきれた靴-Die Zertanzten Schuhe-
08 森の中のおばあさん-Die Alte im Wald-
09 赤ずきん-Rotkappchen-
10 雪白と薔薇紅-Schneeweischen und Rosenrot-
11 狼と七匹の仔山羊-Der Wolf und die sieben jungen Geislein-
12 賢いグレーテル-Die kluge Gretel-
EX ハウスメルヒェン・ダイアログ
EX 子供たちが屠殺ごっこをした話
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