カーネーション
ノベルKHM>ラプンツェル
Rapunzel
  1

 わたしの名前はラプンツェル。
 名付け親は妖精さんで、彼女の塔で暮らしているの。
 本当のお母さんは妖精さんのラプンツェルを勝手に食べたから、だからわたしがその代金なんだって。
 食べられても文句を言えない立場なのだけれど、妖精さんはわたしを食べようとはしなかった。
 その代わりに自分の為だけに歌を唄って欲しいと彼女は言ったの。

「ラプンツェル、ラプンツェル! おまえの髪を垂らしておくれ」

 窓から顔を出せば、塔の下に妖精さん。
 この塔には扉がなくて、驚いたことに階段もなくて。
 最上階にたったひとつの部屋があるだけで、出入り口はこの窓だけ。
 だからわたしは、妖精さんをこの部屋に上げたいとき窓から顔を出すの。
 そして髪を解いて、窓の留め金に巻き付けるのね。
 そうすればわたしの後ろ髪は見る見る伸びて、遙か階下の地面まで降りるのよ。
 わたしの髪をつたって登ってきた妖精さんに、今日もわたしは歌を唄うの。
 妖精さんはいつだってわたしの髪と歌声を褒めてくれるのよ?

  2

 歌を作るには実際に唄ってみるのが一番で、だからわたしは窓際に立って歌ってばかりの生活を送っていた。
 そんなある日のこと、窓の外にひとりの王子様を見つけたの。
 それでも逢うことは叶わないと知っていたから、見ない振りをして歌い続けたのだけれど―――

「ラプンツェル、ラプンツェル! おまえの髪を垂らしておくれ」

 窓から顔を出せば、驚いたことに塔の下には王子様が居たの。
 まさか興味を持って貰えるとは思わなかったから、わたしは言われた通りに髪を下ろしたわ。
 髪をつたって登ってきた王子様。
 なにを話せばいいか分からなかったから、わたしはいつものように歌を唄うことにしたの。
 妖精さんと同じようにわたしの髪と歌声を褒めてくれて、それから王子様は抱きしめてくれた。
 異性に触られるのは初めてだったから、わたしは嬉しくて次の日も次の次の日もこの塔に招待したわ。
 それはいままでよりもずいぶんと気持ちのいい毎日で、なんだか怖くなってしまうくらい。

  3

 ある日のこと、わたしは自分の身体の変化に疑問を持って妖精さんに尋ねたの。
「妖精さん。お腹が膨らんできたのだけれど、どうしてかしら?」
 そう言ったわたしの服をめくって、妖精さんはカンカンに怒り出したの。
 興奮した妖精さんに怯えたわたしは、襲いかかってくる妖精さんに抵抗することを忘れていた。
 呪文を唱えて鋏を召喚した妖精さんは、わたしの髪を短く切ってしまったの。
 それで落ち着いてくれればよかったのだけれど、それはきっと我が儘なのよね。

 わたしは身ひとつで荒地に追い払われたわ。
 それからしばらくして、王子様によく似た男の子を産んだの。

  4

 そうして男の子が歩けるようになった頃、わたしは色々なことを憶えたのよ。
 男の人と抱き合うと子供を授かること。
 妊娠したときにはラプンツェルを食べたくなること。
 妖精さんのように魔法を使えるものはごく少数であること。
 知識を得てみれば外の世界は楽しくて、それは王子様と過ごした日々のように気持ちのいい毎日。
 そしてもちろん―――怖くなってしまうけれど。

「ラプンツェル、ラプンツェルなのかい?」

 それは昔のように歌を唄っていたときのことだった。
 聞き覚えのある声に振り向けば、驚いたことにそこには王子様が居たの。
 けれど王子様の身体は腐っていて、ふたつの眼窩は空洞だった。
 なにも知らないでわたしの居ない塔にやって来た王子様は、そこに居た妖精さんに色々と言われたらしいの。
 そしてラプンツェルはもう居ないのだと聞かされた王子様は、絶望して塔の上から身を投げたのだとわたしに告げた。
 わたしが妖精さんに妊娠を明かさなければ良かったのだ、王子様に髪を下ろさなければ良かったのだと後悔したわたしは、
 王子様の首にすがりついて泣いてしまったの。

  5

 ところで最初に言ったけれど、お母さんは妖精さんのラプンツェルを食べてわたしを産んだのよ。
 後ろ髪を身の丈よりもずっと伸ばすことのできるわたしは、それは立派に魔女と言えるのかしら。
 知識を得てみれば扱える魔法の種類も増えてきて、とりわけ成長と再生に関わる魔法に優れているのだと気付いたわ。
 ラプンツェルと名付けられたわたしは、きっと髪を媒介に植物の属性を引き出しているのね。

「ラプンツェル、ラプンツェル―――おまえの髪を垂らしておくれ」

 王子様を膝枕で寝かせて、わたしは必死になって身体中の魔力を集めたわ。
 魔力を髪に編み込んで、蔦のように王子様の身体を包み込む。
 昔より髪を伸ばすことはできなくなってしまったけれど―――きっと妖精さんに髪を切られたのがいけなかったのね。
 魔力を生命力で補って、その血液を抜かれるような感覚はひどく耐え難かったけれど―――。

「ああラプンツェル、おまえの髪は本当に綺麗だね―――」

 まばゆい魔力の光の中で、王子様と目が合った。
 繭のような髪の中で、いつかの日のように抱き締めてくれた。

  ◇

 それからしばらくして、男の子が走り回るようになった頃。
 荒地の家の小さな庭に、ラプンツェルを植えたのよ?
(khm12.html/2006-10-15)


/03 兄と妹へ
Kinder und Hausmarchen
Title
01 星の銀貨-Die Sterntaler-
02 ラプンツェル-Rapunzel-
03 兄と妹-Bruderchen und Schwesterchen-
04 ヘンゼルとグレーテル-Hansel und Gretel-
05 シンデレラ-Aschenputtel-
06 手なし娘-Das Madchen ohne Hande-
07 踊ってすりきれた靴-Die Zertanzten Schuhe-
08 森の中のおばあさん-Die Alte im Wald-
09 赤ずきん-Rotkappchen-
10 雪白と薔薇紅-Schneeweischen und Rosenrot-
11 狼と七匹の仔山羊-Der Wolf und die sieben jungen Geislein-
12 賢いグレーテル-Die kluge Gretel-
EX ハウスメルヒェン・ダイアログ
EX 子供たちが屠殺ごっこをした話
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