カーネーション
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Girl in the Box[Sadist]
  1

 朝も早くに彼女はやって来た。
 彼女を部屋に上げたあとで、オレはまたベッドに入る。
「寝ちゃうの?」
「おまえも寝るか?」
「遠慮しておく」
 言って、ゲーム棚を物色する彼女。
 相変わらず手癖が悪い。
 心の狭いオレは気分を害して、彼女に意地悪なことを言った。
「我が眠りを妨げる者は―――蹴る」
「ドメスティックバイオレンスだー」
「ゲームやるならヘッドフォンしてくれ」
 言って、オレは彼女に背を向けた。
 ゲームをプレイしている気配はなかった。
 代わりにベッドの下を探られる。
「えっちな本は?」
「パソコンの中」
「素直なことで」
「なにしてんの?」
 寝返りを打てば、彼女は革製のスーツケースを引っ張り出していた。
 国内旅行用に買った、キャスターもハンドルも付いていない軽量小型のものだ。
 中は布張りで、留め具の錠は三桁のダイヤルがふたつというデザイン重視の革の箱。
 その革の箱の中で、彼女は体育座りをした。
「我が城です!」
「犬小屋より狭いぞ」
「わんわん」
 吠えて、彼女は横になった。
 はみ出した腕と足を綺麗に畳んで、身体を直方体に合わせる。
 隙間なく埋めてみれば、彼女はスーツケースの中に収まってしまった。
「今日も成長していないわたしなのだった」
「それはあれか、体積を測定していたのか」
「いつか入れなくなる日が来るのだよ」
 彼女は寂しそうに言って、そのあとで身体を揺らした。
「……出られない」
 ジャストフィットを越えて、嵌っていた。
「前はひとりで出られたのに!」
「成長したんだな」
 言って、オレは寝返りを打った。
「待って、寝る前に一仕事。出して?」
「嫌だ。寒い」
「温めてあげるからっ」
「オレはもう眠たいんだ……」
 そのまま微睡んでいると、彼女は精一杯にかけ声をかけて藻掻いていた。
 うるさいなと思いながら、それでもオレは眠りに就いていた。
 ―――だからこれは、寝惚けたオレが勝手にやったことだ。
「ん―――はっ―――」
「…………」
「あ、起きた。出してくれるの?」
「うるさいんだよ」
 言って、オレはスーツケースの蓋を閉じた。
 留め具をかけて、ダイヤルを回す。
「え? ちょ、冗談だよね?」
 中からくぐもった声が聞こえる。
 それでも革製であるところのスーツケースなら、通気性は十分だろう。
 オレは蹴り飛ばすようにして、スーツケースをベッドの下に押し込んだ。
「やだっ。やだやだ、出して! 出してよー!」
 オレは再び布団に入り、彼女の小さな声を子守歌にして微睡んだ。
 布団がまた暖かくなった頃、オレは静かに寝息を立てていた。

  2

 目を覚ませば、それから三時間ほど経った昼の十一時だった。
 トイレに行ってからシャワーを浴びて、歯を磨く。
 天気が悪かったので布団を干すのはやめておいた。
 お腹が空いたので、外食をすることにした。
 玄関に置いてあったジャケットを羽織って、裸足のままサンダルをつっかける。
 その一連の動作は慣れたもので、だから玄関にあった彼女の靴には気付かなかった。
 彼女をスーツケース詰めにしたことはおろか、彼女が家に来たことさえ忘れていたのだ。
 ひとりハンバーガーで腹を満たしていると、通りがかった友達に声をかけられる。
「やあ。これからボーリングに行かない?」
「ああ、いいね」
 誘われるままにボーリングを三巡ほど楽しみ、そのあとでカラオケに行った。
 ファミレスで夕食を摂って、コンビニで雑誌を買ったあとで家路に着いた。
 玄関を開けると、そこには彼女の靴が置いてあった。
 …………。
 …………。
 …………。
「忘れてた……!」
 すべてを思い出した。
 大ピンチだった。
 あれから十二時間ほど経っている。
 少女を飲まず食わずで超長時間スーツケースの中に監禁した男になってしまった。
 字面にしてみればなんて犯罪だろう。
 オレは犯罪者になってしまったのか?
 玄関でうずくまって、オレはそれからたっぷり十分くらい考えた。
 いっそのことこのまま彼女を監禁してしまおうかと考えた。
 現実味がなかったので諦めた。
 必死で謝れば彼女は許してくれるだろうか?
 やっぱり家族や友達に告げてしまったりするのだろうか?
 いっそのことこのまま彼女を殺してしまおうかと考えた。
 現実味がなかったので諦めた。
 とりあえず静かに外に出て、雑誌を読んで時間を潰した。
 十分くらい経ってから、玄関を強く閉めて家の中に入った。
「ただいまー!」
 大声で言った。
 部屋の中に入った。
 そこはいつもと相変わらない風景だった。
 ベッドの上に座った。
「…………」
 雑誌の続きを読んだ。
 十分くらい経って、オレは彼女がなにも言わないことに怯えた。
 スーツケースに入って密航しようとした女性が窒息死した事件を思い出した。
 いくらハードケースではないとはいえ、
 あまりに長時間だと窒息してしまうのではないか―――?
「―――! 大丈夫かっ!?」
 オレは彼女の名前を呼んで、慌ててベッドの下からスーツケースを引っ張り出した。
 見れば小さなスーツケースだった。
 人間の体積はこんなにも小さいものなのか。
 オレはこの期に及んでそんなことを考えていた。
 首を振って、留め具を外す。
 ダイヤルを回す。
 開かなかった。
 慌てた!
 部屋中を引っかき回して、ダイヤルのメモを見つけた。
 番号を忘れていたことを忘れていた。
 合わせて六桁の番号を合わせると、蓋は少しだけ開いた。
 無理矢理押し込んでいた証拠である。
 ずっと圧迫され続けていたのだろう。
 蓋に手をかけると、中には彼女の服が入っていた。
 更に開くと、中には彼女が、入っていた。
 目を瞑っていた。
 胸は静かに上下していた。
 生きていた!
「ごめん! その、忘れていたんだ―――」
 彼女を抱き起こして、その軽さに驚いたあとで、胸に抱き寄せて言った。
「忘れていたんだよ。ごめんな、よく生きていてくれた―――!」
 壊れるんじゃないかと思うほど強く抱き締めて、それでも無反応なことにオレはまた怯えた。
 オレは彼女の名前を呼んだ。
「……わん」
 彼女は小さく鳴いた。
 そのあとでオレの抱擁をすり抜けて、座ったまま両手を上げた。
「うーん」
 伸びをしていた。
 足を伸ばして、柔軟体操を始めた。
「その、大丈夫なのか?」
「ん?」
 彼女が小さく首を傾げた。
 オレの肩を使って立ち上がって、彼女は言った。
「トイレに行きたい」
(nn.html/2006-06-09)


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