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Girl in the Box[Crossing]
★ 昔々あるところに、お父さんがいませんでした。 お母さんはわたしのことを愛していましたが、子育てが好きではありませんでした。 それよりは男の人のことが好きで、わたしをクローゼットに閉じ込めて、 ベッドを揺らしながらいつもふたりで眠っていました。 ある日のお腹が空いて眠れない夜、クローゼットの隙間からベッドの方を覗いてみると、 男の人がお母さんのお尻に腰を振って、お母さんが泣いていました。 「お母さんをいじめないで!」 思わず叫んでしまったわたしは、男の人が帰ったあと、お母さんにぶたれました。 ★ それから少しして、お母さんはわたしにおもちゃ箱を買ってくれました。 子供用の、布製で小さなスーツケース。 「こんどから隠れるときは、これに入って息を潜めること。 暴れたりしたら、一生出してあげないからね?」 「うんっ」 よく分からないけれど、お母さんがプレゼントをくれたことが嬉しくて、 わたしはスーツケースにぬいぐるみやお母さんの服を詰めたりして遊んでいました。 夜になって、お母さんが携帯電話を閉じると、わたしを手招きして 口にガムテープを貼りつけて、スーツケースの中に入るよう言いつけました。 頑張って小さくなって、スーツケースの中に収まると、お母さんはそのまま蓋を閉めました。 バチンバチンと、留め金をかける音。 スーツケースを縦にされて、体育座りの格好でクローゼットの中に仕舞われました。 身動きひとつ取れないわけではないけれど、こんなに狭いのは生まれて初めて。 最初はなにかの遊びだと思って楽しかったけれど、いつまで待っても 出してくれないことに気付いて、そこで初めて約束の意味を理解しました。 男の人がやってきて、お母さんをいじめていたけれど、なにもできませんでした。 ★ スーツケースの中はとても狭くて、身体はほとんど動かせなくて、息苦しいものでした。 お母さんと男の人がテレビを観て笑っているのを聞くと、 不思議と切ない気持ちになりました。 お腹も空くし、トイレも我慢しなくちゃいけないし、身体を伸ばしたくて仕方がないし、 お腹の下が熱くなって叫び出したい気分でした。 それでも暴れたりしたらお母さんはこのままわたしを捨ててしまうので、 一生懸命我慢して、男の人に見つからないよう、荷物になりきっていました。 男の人が泊まりがけのときはスーツケースの中で眠りました。 もちろん枕も布団もなく、寝返りも打てないので、上手に眠ることなどできるわけもなく。 たまに意識が飛ぶだけで、時間の感覚は失われる一方でした。 男の人はお昼から次の日まで居座ることもあるし、 わたしを置いたまま、ふたりで出かけて帰ってこないこともありました。 「えーんえーん」 スーツケースから出してもらえて、甘えながら泣きじゃくるわたしを見るに見かねて、 お母さんはわたしにまたプレゼントをくれました。 それは使い古しの、電波の届かないところにある携帯電話でした。 ★ バッテリーの続く限り、時間が分かるようになりました。 メールボックスを埋めることで、退屈を紛らわすこともできるようになりました。 それからずっとスーツケースの中で、箱入り娘として育てられました。 わたしの背丈と体重は伸び悩んで、スーツケースの容量を超えることはありませんでした。 それでわたしの物語はおしまい。 お母さんは男の人にわたしを差し出すこともなかったし、捨てることもなかった、 ちゃんと学校にも行かせてくれた、それはありふれた、幸せな、家庭でした。 ★ お母さんの妹の結婚相手が病気でお亡くなりになったので、 ご冥福をお祈りするために、叔父さんの家まで電車とバスで向かいました。 久しぶりのお出かけと、可愛い喪服姿に、不謹慎ながら興奮していました。 告別式は退屈なものでしたが、退屈なことには慣れているので大人しくしていました。 夕方になって、お寿司が振る舞われると、周りの大人たちが好き嫌いをして 寿司ネタが余ったので、あさましいわたしは残りものを次々と口に詰め込んでいました。 お腹もいっぱいで、オレンジジュースが美味しくて、幸せ気分でした。 お友達ができないかなと辺りを見渡すと、年の近そうな子がふたりだけいました。 そのふたりは、お亡くなりになった叔父さんの、息子と娘でした。 ★ 縁側に腰掛けて、手を繋いで、兄妹は庭先の紫陽花をぼんやりと眺めていました。 寂しそうな後ろ姿は話しかけることがためらわれて、 少し離れたところに腰掛けて、それとなく様子を伺っていました。 『お父さんがいなくなって、寂しい?』 『わたしもお父さんがいないんだ』 色々な言葉を脳内に巡らせて、だけどわたしはなにも言えませんでした。 漆黒のスカートを掴んでもじもじしていると、 「やあ、こんにちは」 彼の方から話しかけてくれました。 「……久しぶり」 「たしか従姉妹の……香里ちゃんだっけ」 「里香、だよ。貴志くん」 「いや、志貴だけど」 ひっくり返しても名前になる名前。 リバーシブル仕様でした。 「志貴くんは、何年生になったの?」 「3年生、かな。里香ちゃんは?」 「4年生。追い抜いちゃった」 「女の子はすぐ大人になるね」 それでも、妹の美羽ちゃんはまだ1年生でした。 大人たちの中からわたしを見つけた美羽ちゃんは、言いました。 「お姉ちゃん、遊ぼう?」 ★ 年齢差によるハンディキャップが生まれない遊びといえば、かくれんぼでした。 戸棚に隠れた志貴くんを見つけて、 衣装ケースに隠れた美羽ちゃんを見つけて、次は美羽ちゃんが鬼になりました。 従兄弟の家に来るときはいつもお泊まりだったので、 わたしは持参していたスーツケースを引っ張り出して、その中に隠れました。 「志貴くん、蓋を閉めて」 「はいはい」 いつもはあまり入りたくないと思っていましたが、 なんとなく志貴くんに見せつけたくて、わたしは甘んじて箱の中に収まりました。 「ちゃんと留め金もかけて」 「危ないよ」 「大丈夫だから」 サイドロックをかけてもらうと、わたしはスーツケースの中に完全に閉じ込められました。 いつもと違ってすぐに出してもらえるので、安心して引きこもっていられました。 「鍵をかけて、志貴くんが見つかったら美羽ちゃんに渡してあげて」 「それは面白そうだね」 カチャン、と小さな音を立てて、スーツケースは志貴くんにしか開けられなくなりました。 お母さんに内緒でこんなことをしているなんて、なんだか身体がぽわぽわする心地でした。 それからわたしは、スーツケースの中で幾千夜を過ごしました。 ★ 「見ーつけた」 「…………美羽、ちゃん?」 気が遠くなるくらい長く閉じ込められていたわたしは、美羽ちゃんに救い出されました。 人形を取り出すように引っ張り出されて、 志貴くんに比べたらずいぶんと優しく、撫でるようにわたしの身体を抱き締めました。 いつもは志貴くんのシャツの匂いをかいでいましたが、今回は美羽ちゃんの髪の匂い。 兄妹だからか、どことなく似ている匂いでした。 トイレを済ませて、口をゆすいで、洗った顔を志貴くんが忘れていったハンカチで拭いて、 美羽ちゃんにもらったレモンティーを飲み干しました。 「いつからここにいたの?」 「……19時間前?」 時計を見て答えると、知りたかったのは何日前からの方かもしれないと思い直しました。 「6年前から」 「嘘だあ」 本当はまだ6日間しか経っていませんでした。 「お兄ちゃんに、監禁されているの……?」 「ううん。わたしがお願いしているんだよ」 約束を守って、それから美羽ちゃんをスーツケース詰めにしました。 ★ 夜になると、子供たち3人は和室に寝かしつけられました。 疲れていたのか、美羽ちゃんはすぐに眠ってしまいました。 慣れない布団と枕で眠れない、なんて寝言をいえないわたしは それでも興奮して寝付けなかったので、ずっと志貴くんの背中を見ていました。 なんとなく震えている、ような。 「志貴くん」 「……なに?」 「お父さんがいなくなって、寂しい?」 「……ずっと入院してたから、覚悟はしていたよ」 「だから志貴くんは、そんなに大人びているんだね」 志貴くんはわたしの方を向いて、濡れた目で射抜きました。 「僕はお兄ちゃんだから、しっかりしなくちゃって……それだけだよ」 周りから、お母さんから、そんなことを言われているのでしょうか。 お父さんがいなくなって、お母さんに甘えることができなくなるなら、 それはなんてありふれた、家族愛の形。 切ない気持ちになって、わたしは手を伸ばして、志貴くんの髪を撫でました。 「わたしの方がお姉ちゃんだから、甘えていいよ。……甘えて、欲しいな」 志貴くんの首に後ろから手を回すと、志貴くんは素直にわたしの胸に顔を埋めて、 わたしのパジャマを濡らしました。 ★ ずっとスーツケース詰めにしているのは身体に悪いということで、 20時間振りに志貴くんと再会したわたしは、そのまま夜の公園へと連れ出されました。 天蓋つきのベンチに腰かけて、聞きたかったことを聞きました。 「さっきのメールは、なんだったの?」 「今日は遅くなるから夜ご飯は冷蔵庫の中身でなんとかしてって、母さんから。 僕も聞きたいことがあるんだけど、いいかな」 「うん」 「高校生になったはずの里香ちゃんは、どうして中学校の制服に身を包んでいるの?」 「高校に、進学していないから」 「……家出をしてきたのかな」 「うん。お母さんが再婚したから」 「追い出されたのかい?」 返事はしませんでした。 顔をしかめて、6年前とは反対に、わたしの髪を撫でてくれました。 中学校を卒業して半年後、家を出ていくように言われたわたしは キャスターのついていないスーツケースを抱えて、記憶を頼りに従兄弟の家まで歩きました。 叔母さんの家も母子家庭なので、持ち家とはいえあまり負担はかけられません。 お母さんに連絡されても困るので、だからこのまま内緒で飼って欲しいと思いました。 「分かっているとは思うけど、僕は変態だよ?」 「言うこときくから」 傍に置いてください。 部屋に戻って、志貴くんはようやっと美羽ちゃんをスーツケースから出してあげました。 ★ それからわたしは、美羽ちゃんの協力もあって、 叔母さんに気付かれることなく監禁生活を続けることができました。 一日中クッションにされたり、一日中身体を舐めさせられたり、 お風呂の中で飲み込むまで沈められたり、恥ずかしいポーズで縛られたまま放置されたり、 ボストンバッグの中に押し込まれて振り回されたりしましたが、幸せでした。 いまはもう、スーツケースの中で携帯電話を開くことはできなくなってしまいましたが、 考えることはできるし、記憶力には自信があるので、 ケータイ小説を打ち込むという趣味を続けることもできました。 このまま捨てないでくれるなら、志貴くんに彼女ができても我慢できると思いました。 それは泣くほど辛いだろうけれど、鳴かないことには慣れています。 それでも志貴くんは、わたしを連れてお母さんの家に行って、言いました。 「娘さんを僕にください!」 お母さんは言いました。 「うちの箱入り娘を、よろしくお願いします」 (nn2-6.html/2012-04-12) /ナイトノベル・インデックスへ |
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