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Girl in the Box[Masochist]
1 彼氏の家に見慣れないものが置いてあった。 キャスターもハンドルも付いていない革製のスーツケース。 中は布張りで、留め具には三桁のダイヤルがふたつも付いていて、お洒落な感じ。 手癖の悪いわたしは、彼氏がトイレに行っている間にスーツケースを広げていた。 中にはなにも入っていなかった。 悪戯心を膨らませたわたしは、彼氏を驚かそうと、スーツケースの中に入ってみる。 底にお尻をつけて、横向きに膝を抱えて丸くなって――― あつらえたようにジャストフィットだった。 蓋を開けたまま、彼氏がトイレから戻るのを待つ。 やがてドアが開いて、彼氏は言った。 「……なにをしている」 「かくれんぼう」 「頭もお尻も隠れていないっていうね」 言って、わたしを乗せたままスーツケースを部屋の隅に追いやる彼氏。 これは楽しいと思ったあとで、わたしは聞いた。 「このスーツケース、どうしたの?」 「ああ、今度旅行しようと思って」 「わーいわーい」 「ごめん、友達と行く予定なんだ」 「大丈夫、このスーツケースに入っていくから」 「オレが大丈夫じゃないっていうね」 着替えがないと困る上に重たいと、彼は失礼なことを言った。 「ていうか、よく入れたな。こんな小さなスーツケースに」 「わたし専用なのかと思うほどのジャストフィットだったよ」 「専用って、ドールかおまえは」 「猟奇的な犯罪者め」 「そういうこと言う悪い子は、仕舞っちゃうぞ」 言って、彼は蓋に手をかけた。 天板が下がり、視界に陰が差す。 ―――ぱたん。 真っ暗になった。 身体を天板と底に挟まれて、抱きしめられたかのように窮屈になる。 「すごいな、手品みたいだ」 言って、パチンパチンと留め具をかける彼氏。 その音は、内側からじゃどう足掻いても外に出られないという宣告めいていて。 スーツケース越しのくぐもった声で、彼氏は言った。 「これが本当の箱入り娘」 「出してー」 あまりにもジャストフィットだったので、言葉通りに身動きひとつ取れない。 スーツケースごと身体を揺らして、わたしは言った。 「このままずっと閉じ込められて、わたしは窒息死しちゃうんだ」 「隙間だらけの革製だから大丈夫だろ」 ―――キリキリキリ。 ふたつのダイヤルを回す音がする。 「え? ちょっと、なにしてるの?」 「コンビニに行ってくるから、いい子にして待ってるんだぞ」 「え? えぇ? ちょ、待って!」 ―――バタン。 ドアの閉じる音がして、それきりだった。 本当はまだ居るのかも知れないけれど、確かめる手段はない。 暗闇と閉塞感に、唐突に言い知れない不安を覚えた。 ここは彼氏の部屋で、彼氏はひとり暮らしで――― もしも彼氏が交通事故にでも遭ったら、わたしは死ぬまでこの中に? 「出して! 出してよー!」 身体を揺らしても、なんの反応もなかった。 空気は確かに循環しているようで、事故死の心配はなかった。 だからと言ってそのままにして外出するような男だとは思わなかった。 泣きべそをかきながら、それでも帰ってこなかったらもっと困るので、わたしは彼氏の無事を祈って時間を過ごした。 彼氏の帰りは無茶苦茶遅かった。 コンビニまでは歩いて三分の距離なのに、帰ってくるのに二十分くらいかかった。 部屋のドアが開く音がする。 「…………」 そこでわたしは復讐の意味を込めて死んだ振りをすることにした。 黙り込んでいると、やがて彼氏が喋った。 「汚い部屋だけど、まあ上がってくれ」 2 彼氏は男友達を連れてきていた。 「いや、しかしコンビニで会うなんて本当偶然。 そしてよくオレの家を憶えていたな。いや本当、憎たらしいくらい」 彼氏は誰かに説明するように言った。 スーツケースの蓋を叩かれる。 ……もしかして、彼氏はわたしのことを公表しないままこの場を凌ぐつもりだろうか? 「あ、それ? 旅行用のスーツケース」 友達の質問に、彼氏が答える。 「ん? ああ、そうそう」 「ちょっと見せてよ」 いきなり彼氏にピンチ到来。 とはいえわたしだってこんな状況で出たくないので、彼氏のピンチはわたしのピンチでもあった。 一刻も早く外に出たくはあるけれど、この時点では羞恥に耐える方が嫌だったのだ。 彼氏はうわずった声で言った。 「や、暗証番号忘れちゃってさ。開かないんだ」 「本当? 合わせて六桁か。ちょっと貸してよ」 「え? あ、うん」 持ち上げられる感触。 断ればいいのに、状況に流されやすい彼氏だった。 わたしを収納したスーツケースは、彼氏の友達の膝の上に乗せられる。 「重! なに入れてるの?」 失礼なことを言われた。 「ああ、えっと―――女の子」 「え?」 「オレは実は誘拐犯だったんだ……」 彼氏がギリギリなことを言った。 誘拐犯だって、こんな小さなスーツケースに閉じ込めたりしないだろう。 「へえ。それなら僕は、押し入り刑事かな?」 「令状ナシに触らせるわけにはいかないぜ」 そう言って、またスーツケースを持ち上げられる感触。 どうやら今度は彼氏の腕の中に抱えられたらしい。 なんだか荷物にでもなったような気分だった。 「なんか飲むか?」 「じゃ、珈琲がいいな」 また床に置かれて、彼氏が立ち上がる。 彼氏が珈琲を作っている隙に、なんと彼氏の友達はダイヤルをキリキリと回していた。 わたしは追いつめられた犯人の気分である。 どちらかと言えば人質なのに……。 「ま、百万分の一の確率なんて当たるわけないよね」 しばらくして、彼氏の友達が諦めた。 ―――直後、全身に圧迫感。 ただでさえ限界まで小さくなっているわたしの身体は、より深く押し潰された。 「珈琲できたぞ―――ってなにやってるんだ!」 「スーツケースを座布団にするのって、夢だったんだよね。ヨーロッパの映画みたいでさぁ」 とりあえず彼氏の友達の体重がとても重たいのはよく分かった。 いっそのこと叫んでやろうかと思った。 奉仕の精神で耐えていると、やがて彼氏の焦った声。 「自分のでやれ。これはおまえ新品だぞ?」 「ああ、そっか。ごめんごめん」 呑気な声で答えた友達はようやっとどいて、わたしは少しだけ解放された。 依然としてぎゅうぎゅう詰めなのは変わらないけれど。 「もうスーツケースはいいだろ」 そう言って、わたしを収納したスーツケースをベッドの下に仕舞い込んだ。 それから、ベッドの軋む音。 座椅子を起こす音。 珈琲をすする音を聞いて、長丁場になることを予兆した。 同じ思いなのか、彼氏はわざとらしく聞いた。 「今日はなんか用とかあるのか?」 ベッドの上から、友達はとんでもないことを口にする。 「ないよ。一日中暇。今日はここに泊まろうかなァ」 「! おいおい、オレはこのあとデートがあるんだ。悪いけど……」 「えー。彼女なんて本当にいるの?」 「いるよ。よくできた奴だ。今日は全部奢ってやろうと思うほど愛しているね」 「はいはい、分かったよ」 分かったと言っているのに、無駄話を始める友達であった。 よっぽど高価なものをせびろうと思った。 身動きが取れないこと長時間、だんだん身体が動かなくなっていく。 空気が循環しているとはいえ、中の隙間があまりないので息苦しくて。 大の字になりたかった。 新鮮な空気を思い切り吸い込みたかった。 もう叫んじゃえと思ったそのとき、ようやっと男友達は言った。 「僕は君の彼女が見てみたい」 3 そしてわたしは一時間振りに解放された。 閉じ込めた本人であるところの彼氏に、再会を喜ぶように抱きついた。 時計を見てみれば、まだこれしか時間が経っていないのかと驚いた。 それから麦茶を飲んで、適当に身だしなみを整えて、外に出る。 シャバの空気が美味しかった。 歩道の真ん中に太った男の子が立っていた。 男の子に向かって全力疾走、そのお腹にタックルする。 たたらを踏む男の子を指さして、わたしは言った。 「わたしはずっとスーツケースの中に閉じ込められていたのよ?」 男の子は「え?」と小さく呟くばかりだった。 対話が続かないのは嫌なので、わたしは続けざまに言った。 「―――なんて嘘だよ。あんな小さなスーツケースに入れるわけないじゃない」 男の子は君なら入れるかもと言った。 あれがどれだけ奇跡のジャストフィットだったかを知らないのか。 弁慶の泣き所を蹴って、わたしは言った。 「それなら試してみる?」 「えっ、どうしよう」 「この変態!」 言って、わたしは笑ってしまった。 ◇ 正直に言えば、あの窮屈な感じと焦燥感は、終えてしまえば悪いものじゃなかった。 こんなに清々しい気分になったのは久しぶりで―――病み付きになってしまいそう。 もちろんそんなことを言うと調子に乗るので、彼氏には秘密にしておくけれど。 泣いた振りをして、弱みに付け込むのも悪くない。 友達との旅行くらいには連れて行ってくれるかもしれない。 そのときは、もちろんスーツケースの中で。 フロントに預けられたりするのだ。 (nn.html/2005-12-15) /箱入り娘[S]へ |
Night Novel[2]
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