カーネーション
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Girl in the Box[Nameless]
  20

 体育座りをした少女を、後ろから包み込むように抱き締めた。
 携帯電話に夢中な少女の頭に顎を乗せて、一緒に座り、TVゲームを堪能する。
 しばらくそうしていると、コンコンコン、というノックの音。
「お兄ちゃん、入るよ」
「待った、10秒だけ時間をくれ!」
 スーツケースの中に押し込むのは時間がかかるので、
 毎回そんなことをしていたら怪しまれるだろう。
 だからといって、このままベッドの下に隠れてもらうのは、見つかるリスクが高い。
 僕は少女をお姫さま抱っこして、ベッドの上に放り投げた。
 薄手のブランケットの上で体育座りをしてもらい、小さくなった全身を包み込んで、
 少女の頭の上で対角線の端をそれぞれ固結びにした。
 四重に封印された少女を掛け布団の上に横向きに倒して、
 少女を巻き込んだまま掛け布団を三つ折りに畳む。
 少女を隠し終えて、僕は扉を開いた。
「はい、どなたさま?」
「お兄ちゃんのことをお兄ちゃんと呼ぶのは、わたしだけだよ」
 言って、部屋に侵入する妹。
 ベッドの上に腰掛けて、ポーチから携帯ゲーム機を取り出す。
「モンハンやろー」
「モンハン? なにそれ、えろいの?」
「えろいよー、もんもんしちゃうよ」
 うつ伏せになって、僕の枕を胸の下に敷く妹。
 足をパタパタさせて、布団をボスボスと蹴る。
「天鱗が出るまでやるよ!」
「はいはい」
 僕はベッドを背もたれに、床の上に座って携帯ゲーム機の電源を入れた。
 大型モンスターと対峙しているとき、ことあるごとに布団を蹴る行儀の悪い妹。
 クエストを終え、報酬画面に天鱗がないことを知った妹は、
 おもむろに腰を上げて落胆し、反転して布団の上にダイブした。
 そのまま布団を背もたれにして、同じクエストを貼る妹。
 物欲センサーに打ち勝つまで妹の好きなようにさせていると、2時間が経過していた。
「ありがとー、またやろうね!」
「はいはい」
 妹を見送って、布団を剥ぎ取った。
 餅巾着の振りをした少女が、そこにいた。
「生きてる?」
 声を上げればいつでも助かる状況だった以上、死んでいるということはないだろう。
 固結びを苦心しながら解いて、少女の肢体を蛍光灯のもとに晒した。
 目を瞑り、苦しそうに口で息をして、ほんのりと汗をかいている少女。
「そうか、暑かったのか。それは考えていなかったな」

  21

「というわけで、風呂敷とクッションカバーを買ってきたよ」
 女の子座りをしながらメールの未送信ボックスを埋める少女に、
 僕は2枚の布を見せびらかした。
 風呂敷の上で正座をさせて、頭を抱えるように土下座をさせて、隙間なく包み込んだあと
 キャンディの両端をねじるように、頭の上とお尻の下をキツく縛り上げた。
 これだけのことで、もう抵抗しても出られない。
 こんな薄布1枚で全身の自由を奪い、放置すれば死なせてしまうなんて、
 なんて儚い存在なのだろう。
「暑くない?」
「うん」
 返事を確認して、僕はクッションカバーを手にした。
 ファスナータイプではなく、覆い被せるタイプのものだ。
 風呂敷で包まれた少女の身体を持ち上げて、クッションカバーで包み込む。
 座布団の上に置くと、それはクッションそのものだった。
 中に人間が入っているという発想が生まれないサイズの、
 それは少女のスーツケースよりさらに小さい、少女そのものの大きさだった。
「このまま置いておいたら妹の尻に敷かれてバレちゃうから、
 上には僕が座ることになるけれど、いい?」
 少女は返事をしなかった。
 僕は膝とふくらはぎで少女の身体を挟み込むようにして、少女の上に跨った。
「んっ」
 さすがに声を漏らす少女。
 ただでさえ限界まで窮屈な態勢を強いられている中、上に男の体重で
 腰掛けられるというのは、息をするのも難しいくらいに重いのではないだろうか。
 下は座布団を敷いてはいるけれど、
 床はフローリングなので膝や肘やおでこが痛いのかもしれない。
 言葉通りに押し潰されている少女。
「大丈夫?」
 少女は返事をしなかったので、意外と平気なものなのかと思って、
 どんどん体重を預けていく。
 太ももで挟み込む力も強くして、ただでさえ小さくなった少女の身体をさらに圧縮していく。
「んぐっ……!」
 珍しく声を上げる少女が面白くて、このまま音を上げるまでいじめたくなってきた。
 ついには全体重を預けて、普通にクッション代わりにして少女から意識を外した。
 なにか暇を潰せるものはないかと辺りを見回すと、少女に渡した携帯電話。
 元々は僕のものだし、という理由で折り畳まれた携帯電話を開くと、
 そこには打鍵途中のテキストが表示されていた。
 小説……なのだろうか、これは。
 読み終えて、読後感を堪能して、少女を人間座布団にしていたことを思い出した。
 最後に後頭部を押さえつけて、太ももで思い切り挟み、体重をかけてからどいてあげた。
 クッションカバーを外して、風呂敷を解いて、中から少女を転がす。
 おでこを赤くしている少女に罪悪感を憶えて、だけど背徳感が勝った。
「座り心地がよかったから、普段からクッションに詰めておこうかな」
 しばらくして、少女は言った。
「口にガムテープをして欲しい」

  22

 妹がノックをしたので、入っていいよ、と声をかけた。
「なにそれ、買ったの?」
「ああ、妹の分はないぞ」
「いいよ別に」
 ベッドの上に寝そべって、モンスターハンター。
 僕は座布団の上で、クッションカバーと風呂敷に包まれて
 土下座をしている少女の背中に跨って、普通に体重を預けながら妹の狩りに付き合った。
 ずっと同じ姿勢でいると疲れてしまうので()、時には体育座りをして、あぐらをかいて、
 うつぶせになってお腹の下に敷いたりして、
 携帯ゲーム機の電池残量がなくなるまで付き合った。
 トイレに行って、家族でご飯を食べてからひとりで部屋に戻った。
 暗い部屋に、変わらず置いてあるクッション。
 モノ扱いにも程がある拷問。
 人間座布団の刑なんて、やるとしても女王さまが男に対して、ではないだろうか。
 見えないところで、少女は泣いているのかもしれない。
 このまま放置して朝を迎えることだってできるし、
 いきなり踏みつけることだって、蹴り飛ばすことだってできる自由度。
 それはそのまま、少女にとって恐怖でしかない境遇だろう。
 あるいは、スーツケースの方がまだ安心できるのかもしれない。
 僕は少しだけ少女の気持ちを考えて、満足してからクッションカバーを外した。
 風呂敷の固結びを解いて、数時間振りに少女を解放する。
 少女はうまく動けないのか、身体を伸ばそうともせず僕の胸に倒れこんできた。
 少女の頭を撫でて、口に貼っていたガムテープを剥がす。
 僕の裾を掴んで、僕の胸板に顔を埋める少女は、たまらなく倒錯的で可愛かった。
 悪役は僕で、王子も僕で、さながら自作自演である。
 ふたりだけで閉じているという環境に、僕は永遠を感じた。

  23

 スーツケースの中から、あるいは風呂敷の中から解放された少女は、
 いつも柔軟体操をしていた。
 狭いところに入り込めるだけあって、身体がとても柔らかい。
 折り畳み携帯電話のように身体を二つ折りにできるし、
 海老反りになって頭のてっぺんと足の裏をくっつけることだってできる。
 本当は他にも色々できるのだろうけれど、ストレッチ以外のことは、見せてくれない。
「小学生の頃、クラスに運動音痴の女子がいてさ。まあ可愛かったんだけど」
 お風呂上がり、ベッドの上で身体を伸ばす少女に、
 男友達にだって言わないことを明かした。
「後転に失敗して、間抜けなポーズになったことがあったんだよね。
 みんなは笑っていたけれど、僕はそのとき、不思議と興奮したことを憶えている」
 話の流れで僕は少女の足首を掴んで、真上に持ち上げた。
 そのまま少女の膝を少女の耳に押しつけるようにして、少女の身体を折り畳む。
「さすが、身体が柔らかいんだね」
「こんなの、誰にだってできるよ」
 手を離しても少女はポーズを維持して、爪先を床につけ、
 太ももを抱えるようにして両腕を組んだ。
 このまま両手首を縛ったら、それだけで拘束できそうだと思った。
 しばらく眺めていると、そのまま器用に後転して女の子座りをする少女。
「柔軟体操を手伝ってあげるよ。まずは前屈してごらん」
 言われるままに、足を伸ばしておでこを脛にくっつける少女。
 その背中に容赦なく跨って、両足の裏を引っ張った。
 スーツケース越しでもなく、クッション越しでさえない少女の身体はひどく華奢で、
 体重をかけることはためらわれたが、いまさらだった。
「痛くない?」
「重い」
「そっか」
 直接座っているので、少女の温もりが伝わってくる。
 それが心地よくて、満足するまで強制柔軟を続けてから、やおらにどいてあげた。

  24

 フラグを回収して、フラグメントを収集して、物語は収束する。
 少女を抱き枕にして眠るのは最高に気持ちいいのだけれど、
 慣れていないので手足は痺れるし、うまく眠れないことがある。
 新婚のうちは別々の布団で寝た方がいいと、誰かが誰かのセリフを引用していたような。
「ということで、今日はスーツケースの中で寝て欲しいんだけど」
「うん」
 あっさりと受け入れる少女。
 思えば最初からスーツケースの中で眠ろうとしたいたのだっけ。
 お風呂上がり、パジャマに着替えてスーツケースの中に潜り込む少女。
「別にそんな急がなくても、眠たくなったらでいいよ」
「もう眠たい」
 言って、猫のように丸くなって四角いスーツケースの中に収まってみせた。
 本人がそれでいいならと、蓋を閉める。
 相変わらず少しつっかえるので、上から押し込めてぎゅうぎゅう詰めにした。
 留め具をかけると、身動ぎひとつ取れないジャストフィット。
 意識の虚をつくような存在感の消失。
 せっかく少女が気を遣ってくれたので、もう少女のことは忘れて
 久しぶりのひとり部屋を堪能しようと、横に倒したスーツケースをベッドの下に押し込んだ。
 勝手気まま、やりたい放題に過ごして、その日はかなりの夜更かしをしてから眠りに就いた。
 少女を限界まで拘束したまま放置して、この一瞬一秒さえ窮屈で仕方ないだろうに、
 その上で手足を伸ばして暖かい布団でぬくぬくと眠るというのは、最高の贅沢だった。

  25

 目が覚めると、寝坊していた。
「そんなバナナマン!」
 急いで歯を磨き、顔を洗い、制服に着替えて外に出る。
 道中を走りながら、初めて少女のことを思い出した。
「しまった、このままじゃ夕方まで出してあげられない……」
 かといって、ここで引き返して皆勤賞を失うのもためらわれた。
 家族の目を盗んで部屋に戻り、トイレや食事を済ませるのも難しいだろう。
 とりあえず学校に到着してから考えようと、問題を棚上げにして足を進める。
 いつ早退しようと思い悩んでいるうちにペンは走り、体育で活躍してしまい、
 帰るにも理由を見つけるのが難しい有様になっていた。
 笑顔を引きつらせながらお腹をさすっていると、とうとう放課後になってしまった。
 一緒に帰ろうという片想いの女の子と片想われの女の子からの誘いを断って、
 せめてものお詫びにキンレイのちゃんぽんとチゲ鍋うどんを買って帰る。
 玄関のドアを静かに閉めて、部屋に直行し、ベッドの下からスーツケースを引っ張り出した。
 途端、気持ちの悪い違和感を覚える。
  あれから都合20時間。
 エコノミー症候群、だっけ。
  ずっと身体を動かさないでいると、鬱血して最悪の場合死に至るという―――
 スーツケースを横向きに倒すのは、果たして本当に大丈夫なのか?
  窒息の心配はなくても、低酸素症になる可能性はあるんじゃないのか?
 朝には出してくれると思っていただろうに、僕が出かけてしまい、
  時間の感覚も失った少女はあまりのストレスで精神崩壊しているかもしれない。
 嫌な予感で満たされて、取り返しのつかないことをしてしまった、ような。
 血の気を失って、それでも邪念を振り払って、僕は留め具を外した。
 蓋を開ける。
 すると、そこには―――
 妹がいた。

  26

「な、なんで!?」
 どうやら生きているらしい、眩しそうに目を細めていた。
 妹は小柄な中学生だが、それでも里香ちゃんよりは少し大きいので、
 隙間に詰めていた服や荷物はすべて取り出しているようだった。
 問題はそんなことではなかった。
「死ぬかと思ったー……もっと早く帰ってきてよ、お兄ちゃん」
 現実逃避から、僕は再び蓋を閉めた。
「んーっ!? なにそれ、出してよー! 殺す気かー!」
 スーツケースを揺らして、暴れる妹。
 なんていう普通な反応だろう。
 やはりあの子は異常で、だから僕の幻想だったんじゃないかと疑うに足る展開。
 とうとう僕は狂ってしまったのだ。
 と、そこで現実に引き戻すような、トイレの水を流す音。
 扉が開いて、携帯電話を片手に少女―――雛祭里香が現れた。
 メールの受信音が鳴り響く。
(nn2-5.html/2012-04-03)


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