梅
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Epilogue-Oracle Wedding-
  1

 秘密有希が交通事故に遭った。
 誰よりも琥珀町を愛した秘密有希は、その機動力が故に最も交通事故に遭う確率が高かった。犬も歩けば棒に当たるように、町は危険で溢れているのである。
 とはいえそれは不注意から招かれた事故ではなく、秘密有希は自ら車道に飛び出したのだった。その理由は単純明快。車道の真ん中に子供がうずくまっていたからで、車の減速が間に合いそうもなかったからだ。
 秘密有希の運動性能は素晴らしかったが、条件が悪すぎた。子供から車までの距離は秘密有希のそれより近かったし、角度も悪かった。なにより子供が「うずくまっている」というのがよくない。突き飛ばすことができない。
 やむなく秘密有希は子供の盾になることを覚悟して、加速した。
 自分より速いはずの車を出し抜いて、一瞬だけ早く子供の身体に触れる。一瞬あれば十分だ。秘密有希は子供の身体を抱き締めて、そして―――はね飛ばされた。
 琥珀色の町が、赤く染まる。
 そして千九百九十九年十二月三十一日。
 学校という拠り所を失った天城亜狼は、太陽が沈むまで町を徘徊するようになった。 迷い坂を迷わずに、烏山教会。秘密有希の部屋には依然としてなにもない。物に執着しなかった秘密有希は、それはそのまま身軽であることを意味していたのだろう。もしも装飾過多に着飾っていたら、大きな鞄を抱えていたら、誰かを助けることができなくなるかもしれない。そこまで考えていたかどうかは定かではないが、即断即決の偽悪者はあまり物を欲しがらなかった。
 そう語った西洋人の神父に礼を告げて、天城亜狼は歩みを進める。
 町を時計回りに進めば、三時の方向に琥珀町団地。ここには箒星学園と琥珀色中学校に通う生徒が相当数居るらしいが、いまのところ用はない。
 道なりに六時の方向を目指すと、琥珀町商店街。秘密有希が働いていた花屋を覗く。
「天城くん。ひとりでどうしたの?」
「オレがひとりだとそんなに不思議ですか?」
「両手に高嶺の花を抱えているのが、本当の天城くんなの」
 そう言って花に水をあげる緑色の髪の女性は、フラワーショップ・ラプンツェルの店長だった。しばらく対話を楽しんだあとで、天城亜狼に花を渡す。
「これは?」
「百合なの。有希ちゃんにあげてね」
「……分かりました」
 一輪の百合を手に、琥珀町商店街を後にした。
 そして九時の方向には、一度も使われなかった舞台、桜色病院。
 豪奢な院内を回れど、秘密有希の名前は見当たらなかった。正確に言えば名札を外されていた。当たり前である。轢かれた猫を置いておくほど、病床に空きはない。
 天城亜狼は病院の中庭で絶望する。ベンチの隣には長峰葉平。
「じいさんがここに居るってことは、由未はひとりで留守番しているのか?」
 長峰葉平は頷いた。天城亜狼は立ち上がり、駆け出す。桜色病院から長峰の屋敷までは徒歩三分。天城亜狼は自宅の門を開けて、玄関を開けた。
 そこには雪平鍋を手にした月日由未の姿。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
 言って、天城亜狼は月日由未の口に百合を押し付けた。
「あまり美味しくない」
「それなら生けておいてくれないか」
「任されたよ」
 月日由未に別れを告げて、天城亜狼は三階へ。
 自分の名札が下がったその扉を開くと、空から黒板消しが降ってきた。
「天城先輩」
 蜂蜜色の声に目を合わせれば。
 開いた窓に腰掛ける、秘密有希の姿。
「有希……どうして、ここに」
「だって私は先輩の飼い猫で、ずっとこの部屋に居るがいいと言われました」
 首に巻かれたチョーカーは猫の首輪を模していて。
 金色の髪と金色の瞳は、愛されて育った猫のよう。
「そして猫の魂は九つあるので、あの程度のことじゃ怪我ひとつしないのです!」
 言って胸を張る秘密有希の、しかしその額には包帯が巻かれていた。傷痕が残っているらしい。髪で隠せるとはいえ、一生物だ。
 天城亜狼は秘密有希の身体を強く抱き締めた。
「いたっ、痛いです先輩……!」
「うるさいな。我慢しろ。これはこのオレの痛みだ」
「意味分かりません! 息! 息が……!」
 年齢差と前例からあまり語られないが、ふたりには相当の身長差があった。天城亜狼の胸板に閉じ込められた秘密有希はこの一年間の中で最も絶体絶命だったが、それでも幸せを感じ取っていた。マゾヒストなのかもしれない。
 されど復讐を無効化するのが秘密有希の特性―――!
「キャットファイト・バックドロップ―――!」
 天城亜狼の背中に腕を回して、自らの身体ごと後ろに倒れ込んだ。押し倒されるようなヘマはしない。投げっぱなしにもしない、それはベッドを目がけた完全なるバックドロップであった。そして長い組み手が始まる。
 組み手を終えて、ふたりは一階へ。
 そこには神父とシスター、そして孤児院の六人の子供たちが、月日由未の振る舞う年越し蕎麦を食べていた。長峰葉平と神父は旧知の仲であった。
 気付けば年越しまでのカウントダウンが始まっていた。十二人は順に数字を告げる。先手は意外なことに月日由未。
「ジュウ!」
 神父、シスター、ナナ、カイ、ソラ、シド、エル、レン。
「―――イチ!」
 後手は天城亜狼。
 そして最後に、秘密有希!
「ゼロ―――!」

「あけましておめでとう」
「今年も宜しくお願いしますっ」

  2

 などという夢落ちのような話はしかし真実で、ここから先が夢の中の話。いつだって真実は夢の中にあるもので、現実が夢に届くのは遙か彼方の未来のことなのだ。
 クロス・クロニクルにて。
 天城亜狼は秘密有希のことを好きになった。
 秘密有希は月日由未のことを好きだと明かした。
 月日由未は天城亜狼のことを好きなまま、変わらない。
 それは中盤とは反時計回りの縮図。
 ラストダイアログを鵜呑みにするのならば、秘密有希は天城亜狼の告白を予想外としたのだろう。まさか自分が好かれるとは思わなかったのだ。復讐者の敵として機能するラスボスは、好意が好意として跳ね返るということを知らなかったのである。
 好きだと言い続けたのは傍に居る理由を作る為で。
 貝の中に閉じ込もった人魚姫とお喋りをする為に。
 かくして「虎の威を狩る狐」の物語は「将を射んとしてまず馬を射る」物語によって歪曲した。向き合う兄妹を否定する為に、背中合わせの兄妹を肯定する為に生まれた秘密有希は、その役割をそつなく果たしたと言える。
 兄妹は引き剥がされて、お互いが傍に居なくても成り立つようになった。
 とはいえそれは、兄妹のそのどちらかを孤立させる下法に成り下がる。
 秘密有希が純粋に天城亜狼のことを好きな場合、月日由未に新しい恋人をあてがえば済む話ではあった。それこそ復讐劇の道化師はその為に用意されたキャラクターだ。シークレット・ダイアログの挿話として挟めば、それは綺麗なダブルカップルが築けただろう。だけど―――だからこそと言うべきか、それは嘘に見えた。
 そもそもが恋の告白から始まったこの物語の、その理由はコメディを優先した為である。優先どころではない。ストーリーなどあってないようなもので、とにかく「最初からクライマックス」である様を見せつけたかったのだ。まさか一年と九ヶ月も続くとは思っていなかったし、一年と九ヶ月後にはこんなにもキャラクターが固まってしまうとは思わなかった。だからこそ―――ネタを優先してキャラクターを殺すような真似は、今回ばかりはできなかったのだ。
 残るオルタナティブ・ダイアログとシスター・ダイアログの四番目でするべきは、あくまで「三人でひとつ」という関係を作り出すことだった。いみじくもそれは父親と母親と父親の「原初の話」と同一のテーマであり、第四者が介入するよりは自然なエンドロールだとも思った。
 その答えが、秘密有希が月日由未のことを好きであったという、荒唐無稽を極めたようなラストダイアログである。
 とはいえ真剣に考える必要なんてどこにもない。この物語は最初から最後まで明るく愉快な愛のある物語だ。肝要なのは天城亜狼が月日由未と秘密有希のその両方に告白したことで、秘密有希にしてもまた然り。月日由未は長峰葉平に好意を示して、天城亜狼と秘密有希のそれには返事をしていない。
 彼らは未だ幼い子供であり、恋仲になったところでそれ以前と変わるところなど殆どないのである。所詮は言葉ひとつで繋がる「おままごと」であり、背負うものなどなにひとつない。悪意を溜めず、好意を好意で返す、それは優しくて易しい恋のカタチ。
 神の定めた許婚に出逢うのは、遙か彼方の遠い未来。
 初恋が叶う物語も素敵だけれど、恋愛を経て汚れるものなどなにひとつない。お手軽な恋愛を否定する気持ちは素晴らしいけれど、重たければ本物というわけじゃない。言葉に踊らされず自然に振る舞っていれば、誰もがみんな王子様とお姫様。
 そして至るところまで至った人が、きっとあなたのオラクルウェディング。
 結婚の前に恋仲という関係があるこの世の中を慈しんで、とはいえ深く共依存する恋人も好きという気持ちを忘れずに、幕を閉じようと思います。

  3

 最後に、天城亜狼と秘密有希の対話。
「天城先輩」
「なに?」
「好き」
「そっか」
「好きという感情が、私にはよく分からないのです」
「でもだって、有希はこの町のことが好きなのだろう?」
「魚もマタタビも猫じゃらしも好きです」
「そっか、分からないのは恋愛感情か」
「はい」
「ま、有希はまだ小学六年生だからな」
「そうですね」
「そういう『好き』で、いいんじゃないか?」
「でもだけど、私の好きな物は揺れてばかりなのです」
「最後にはオレの妹に恋をしたからな」
「とはいえ―――『好かれる』ことの心地よさは、分かりました」
「……それはオレが原因なのか?」
「はい。愛されることがこんなにも心地よかったとは、桃の木です」
「驚きな。それはそれなら、餌をやっている間は離れそうにないな」
「約束はしませんが」
「有希は本当にオレのことが以下略」

 続けて、秘密有希と月日由未の対話。
「ひみつゆき」
「つきひゆみ」
「わたしたちの名前って、平仮名のアナグラムなんだね」
「横文字はよく分からないのです」
「嘘つき」
「ごめんなさい」
「偶然にしてはよくできているけど……」
「もちろん私の苗字は偽物です」
「やっぱり」
「でも、名前はお母さんから貰った本名ですよ?」
「……それならどうして、わたしの名前と被せたの?」
「由未ちゃんのことは、生まれたときから知っていたのです」
「生まれたときから?」
「その話はまた今度」
「……それなら有希ちゃんは、わたしを護ってくれていたんだね」
「なっ、うなっ、高速思考にも程がありますよ?」
「お金目当てなんて嘘をついたのは、偽悪者を演じてでも亜狼くんを止めたかったから?」
「ただの思考停止ですってば」

 最後の最後に、月日由未と天城亜狼の対話。
「由未、好きだ!」
「有希ちゃんへの告白はどこへ?」
「ふたり同時に付き合っては駄目なのか?」
「普通に駄目だよ!」
「そうか。駄目なのか……」
「それにわたしと付き合ったところでなにも変わらないって、昔から言ってるじゃない」
「そんなことはないぞ。キスができる」
「……亜狼くんがしたいのなら、してもいいよ?」
「またそれだ。由未は卑怯だ」
「二股かけてる人に卑怯って言われた!」
「でもだって、有希の告白には応えたのか?」
「答えて、ないよ」
「オレの告白にも、五行前の定型文だ」
「ふたりとも告白が唐突すぎるんだよ」
「それなら由未も、恋の告白をすればいいじゃないか」
「そういう問題じゃないの」
「なあ、由未は誰のことを好きなんだ?」
「……おじいちゃん」
「近親相姦!」
「有希ちゃん」
「同性愛者!」
「すぐそういうこと言う」
「しかも諸刃の刃だった」
「……言っても、笑わない?」
「言ってくれるのか!?」
「これからも兄妹として愛してくれるのなら、いいよ」
「約束するよ!」
「……出逢うより前から好きだったよ」

「お兄ちゃん」
(log1-j.html/2004-12-31)


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