カーネーション
ノベルSS2>まつりのあと
Auld Lang Syne
  12

 夜闇に満たされた学舎を歩く。
  幾千の篝火に導かれて、階段を上ること十三歩。
 扉を開くと、そこには大好きだった人。
  大好きだった人の腕の中には、大好きだった人の、大好きだった人。
 翼の生えた女の子。
  お姫様抱っこにして、彼は懇願した。

「なあ、どうすればこいつを起こすことができる?」

  11

 役者は勢揃いにして、一堂に会する。
  されど発言権を有するのは依然としてふたりだけであった。
 綿飴のように真っ白な髪を共有して。
  炎のように揺らめく真っ赤な瞳と、月の光のように輝く金色の瞳。
 因幡の白兎と、捨てられた白猫。
  お互いに、大切な人を失っている。
「眠ってなんか、いないじゃないですか」
  白猫は嘘を看破する。
「死んでいますよ、それ」

  10

 翼の生えた女の子。
  綾鳥陽菜子。
 死んだように眠るのではなく。
  眠るように、死んでいた。
 夏は終わって、三ヶ月。
  エンバーミングを施された腐り姫。
「可哀想に」
  糾弾できるのは、白猫だけだった。
 白兎は哀れに首を傾げるばかり。
 「死んでいるのか?」
「ええ、どう見ても」
 「そうか……死んでいるのか」
 白兎は俯いて。
  顔を上げたときには、希望の目。
「どうすれば生き返るんだ?」

  9

 白猫と白兎の対話。
  白猫は言った。
「死んだ人間は生き返りません」
 「そういう『童話』はないのか?」
「この広い世界で、ただのひとつもありません」
 「なんで?」
「人は必ず死ぬ生き物だから」
 「そこをなんとか」
「なりません」
 「そうか……」
「諦めて別れを告げてください」
 「ああ、そうだな」

「分かったよ」

  8

 白兎のモノローグ。
  真っ赤に揺れる哀しい瞳。
「馬鹿の振りをするのはやめよう」
 「こいつの身体がもう壊れていることには気付いている」
「でもな、それでも陽菜子は言ったんだ」
 「死ぬ前に言ったんだ」
「来世でまた逢いましょうって」
 「そうだよな」
「俺たちは童話から転生してきたんだろ?」
 「それはつまり、前世があれば来世もあるってことだ」
「なあ、陽菜子の魂はどこにあるんだ?」
 「来世にだって時間差があるんじゃないか?」
「既に五歳くらいになった彼女が、この世界のどこかに居るんじゃないのか?」
 「教えてくれよ」
「おまえなら分かるだろ?」

 「なあ、白雪姫!」

  7

 白猫のモノローグ。
  琥珀色の瞳で真っ直ぐに見据えて、この世界を否定する。
「来世なんて、あるわけないじゃないですか」
 「血脈を馬鹿にしないで」
「あなたの両親があなたの前世で、あなたの子供たちがあなたの来世です」
 「魂なんて、心なんて、『考える』為の『器官』に過ぎない」
「栄養のあるものを食べて安全な場所で眠ってより優れた子を産む為の、ひとつの『役割』に過ぎない」
 「肥大した脳味噌の『余分』でしか有り得ません」
「心のままに生きて身体を壊すなんて、あなたの魂は腐っている」
 「そして私たちは、『物語』を継承しただけに過ぎない」
「私は『白猫』なんかじゃない」
 「あなたの望む『綾鳥陽菜子』はもういない」
「それでもそれは絶望の言葉なんかじゃない」

 「彼女の屍を、越えてゆきなさい」

  6

「うるさいな」
 「おまえはきっと両親に恵まれて」
「子供だって産める身体なんだろう」
 「こいつの境遇も知らないくせに」
「なにを言っても正しくなる、共感してくれる誰かなら必ずいるこの世界で」
 「聞いたようなことを言って満足するなよ、中学生」
「体験したこともないくせに」
 「体感したこともないくせに」
「おまえらにはリアルが足りない」
 「希望を持って死んでなにが悪い!?」
「輪廻転生を信じたから、あいつは安らかに逝けたんだ!」
 「否定するな!」
「馬鹿にするな!」

 「来世で逢う為になら、俺はいますぐにだって……!」

  5

「だから、その言葉はあなたに向けたものだったのでしょう」
 「あなたが死なないように」
「あなたが絶望しないように、心の中で生き続けようとして」
 「腕の中で逝くという、思い出を残した」
「似通った人の多い、人間という種族の中で」
 「次の恋人に、彼女の記憶は生きてくる」
「『来世でまた、逢いましょう?』」
 「それはあなたを『捕まえない』為の魔法の言葉」
「幽霊なんかいない」
 「輪廻は転生しない」
「人生は無駄じゃなかったと思いたくて」
 「子供の産めない短い時間で、あなたに永遠を託しただけの話」

「先輩の中で、彼女は永遠に生き続ける」

  4

 綾鳥陽菜子の見せた、ありとあらゆる『性格』の描写。
  それは天田一弥にトラウマを植え付ける呪いの言葉。
 だけどそれは絶望の言葉なんかじゃない。
  彼女はきっと、彼の幸福を願って逝った。
「だって―――幸せだったのでしょう?」
 「先輩と一緒だったから」
「だから彼女は、呪われた童話を突破できたんですよ」
 「彼女が諦めていたら、私たちは全員死んでいた」
「これは元々そういう物語だったのです」
 「だけど彼女が頑張ってくれたから」
「だから……もう、離してあげてください」
 「鎖で縛り付けないであげてください」

「……幸せに、なってください」

  3

 ……………………………………………………。

  2

 まつりのあと。
  校庭。
 生徒と職員の姿はなく。
  生徒会の―――人払い。
 キャンプファイヤー。
  再着火。
 お別れの言葉。
  とても綺麗な、死に化粧。
 そして。
  そして―――

 綾鳥陽菜子の身体を、炎にくべた。

  1

「陽菜子」
 「楽しかったな」
「デートなんて買い物くらいしかしてやれなかったけど」
 「自転車に乗れないおまえは、それでも荷馬車として役立てて」
「夕日を目指して歩く坂道に、永遠を感じたよ」
 「そして空の上の家に帰って」
「おまえの料理は、めちゃくちゃ美味かったな」
 「雛鳥みたいに夢中で食べて」
「可愛かったよ」
 「愛おしかった」
「夜になって」
 「一緒に眠るとき」
「背中を下にできないおまえは、俺に抱きついてきたっけな」
 「あのとき」
「眠るたびに死が近付く呪われた日に、それでもおまえは一緒に眠ってくれたのか」
 「怖かったろうに」
「焦ったろうに」
 「頑張ったな」
「おまえのおかげで、ここにいる全員が救われたんだ」
 「灰かぶり姫は居なくなってしまったけれど」
「おまえは立派な眠り姫だったよ」
 「キスで別れる、眠り姫だ」
「最悪だな」
 「最愛だよ」
「愛している」
 「本当は、俺が炎の中に飛び込む予定だったけど」
「おまえは許してはくれないんだな」
 「生きていないと、おまえの来世には逢えないもんな」
「おまえが生き続けた意味が、果たせなくなるからな」
 「おまえを殺して生き延びた俺たちは、だから、精一杯に生きるよ」
「ごめんな」
 「ありがとうな」

「さようなら―――」
(ss2-30.html/2007-12-30)


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27 掌を太陽に!-We are not Alone-
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