カーネーション
ノベルSS2>クロノ・トリガー
Ievan Polkka
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 この物語はフィクションです。
 実在する人物、団体とは一切の関係を―――

  1

 映画を観終えて、桜並木の公園。
 隣には恋人の妹。
 寄り添って、歩き話に花を咲かせた。
「いやー、まさかあの子が人魚姫じゃなかったとはね」
「そこですか?」
「それ以外に見所なんてあったっけ?」
 途中から眠っていたので判然としない。
 欠伸を掌で隠していると、彼女は目を瞑りながら口にした。
「黒猫の生き様が素敵でした」
「君も眠っていたのでは?」
「え?」
「いや、なんでもないさ」
 高度なボケかと勘違い。
 彼女は風に揺れる帽子を直して、言葉を続ける。
「人魚姫やかぐや姫より、黒猫のような……簡単な愛の話が、好きです」
「言葉選びに失敗したね」
「してません」
 彼女は自信満々に言い放つ。
「簡単に愛して、簡単に愛されたいですね」
 そういえばこの子は浮気に対して妙に寛容なところがあると思い返した。
 泥棒猫にでも憧れているのだろうか。
「まあ、好きな人に好かれたら、それは幸せなことだよね」
 同意の言葉に頬肉を和らげる彼女。
「あんな子が現実に居たらいいよね!」
 和らいだ頬肉は、そのまま少しだけ膨らんだ。
 彼女は、こんどは言葉を選ぶようにして―――言い放つ。
「居ますよ」
 漆黒の瞳で見つめて、言い放つ。

「黒猫は実在する人物です」

  2

 仔牛も赤犬も人魚姫も、実在する人物です。
 灰かぶり姫は居ないけれどと付け足して、宣言を終えた。
「そうだ。一度言ってみたかった言葉があるんだ」
「はあ」
「『はっはっは! 閣下がご冗談を口にするとは!』」
 明日は空から女の子が降ってくるかもしれませんな!
 そう言って、見えない扇子で顔を仰ぐ。
 彼女はとりわけ気にした風でもなく、首を傾げて呟いた。
「冗談なんて、言っても言ったことも―――」
 発言中止。
 思うことでもあるのだろう。
 続く言葉は、閑話を休める本題。
「明日、家に来ますか?」
 恋人に逢うかどうかを尋ねているのだろう。
 恋人なんて関係なく、君に呼ばれればいつだって赴くつもりでいるのだけれど。
「午後四時に行く予定」
「そうですか」
「うん」
「それなら、仔牛と赤犬を用意しますね」
「夜ご飯はステーキだね」
 言っている意味が理解できなかったのだろう、聞かなかったことにして先を歩く彼女。
 本屋に入って夕食を噛んで、ふたりは別れた。
 映画の半券はいつの間にか旅立っていた。

  3

 翌日、午後四時。
 赤い家の扉を開くと、恋人の妹。
「フランドール・スカーレットさんのお宅ですか?」
「いえ、全然違います」
 そして彼女は己が名を告げる。
 相変わらない、真面目な女の子だ。
「消防署の方から来ました」
「どうぞ上がってください」
「床下が腐っている! 要リフォームですね」
 放置プレイを決め込んで、先を歩く彼女。
 お気に入りのサンダルを脱いで、彼女に追従する。
 彼女は背中で語った。
「今日は友達が来ています」
「へえ、友達居たんだ」
「そんなこと言う人、絶縁です」
 度重なる冗談に拗ねてしまったらしい。
 くすぐられる嗜虐心に従って、もう少し続けようか。
「最初から友達じゃないでしょ?」
「あ、オーブンが呼んでいるので先に部屋に上がっててください」
 言って、確かに呼んでいるオーブンの扉を開く彼女。
 遺恨を残しそうな対話の終わりは、昇華されることのない消化試合として機能する。
 くだらない思考を払っては、彼女の指示に従って階段を上り、二階へと辿り着いた。
 選択肢は『手前の部屋』と『奥の部屋』。
 手前の部屋の扉を開けると、そこには―――

 青い瞳の少年と、赤い髪の少年がノートPCの格闘ゲームで遊んでいた。

  4

 恋人の妹が焼けたクッキーを持って現れた。
 カーペットの上にお盆を置いて、みんなの目線は同じになる。
「自己紹介は?」
「終えたよ」
「それはなによりです」
 クッキーを囓りながらの、談笑。
 時間の経過。
 彼は帰り、そして彼もまた帰って、ふたりぼっち。
 下に母親は居るけどね。
「我ながら信用されてるなあ」
「門限とか特にないからですか?」
「え? ごめん、言っている意味がよく分からない」
 ……ああ、居残っていても平気である点を自分の家ではなく人の家サイドから観測したのか。
 その辺りの誤解を解いたあとで、ずっと言いたかったことを言った。
「悪かったよ」
「なにがですか?」
「昨日のこと」
 桜並木の対話。
「あんな子が現実に居たらいいなんて、創作を馬鹿にするようなことを言ってしまった」
 現実を馬鹿にするようなことを言ってしまった。
「だから、謝るよ。君に許して欲しい。そして感謝したいんだ」

「琥珀色の世界を拡げてくれてありがとう!」

  EX

 そしてふたりで観た映画は琥珀の町へと反映する。
 とろけた世界の中で、十人の主人公が交差する。
 物語を終えた彼らなら、簡単に幸せになることができるだろう。
 これはそんな蛇足を集めた、退屈なまでのおまけの物語だ。

 西暦は二千年。
 舞台は琥珀色に煌めく十字架の町。
 反転しない物語は、てっぺんまで続き続けるばかりで。
 その果てに、呪われた童話を突破することができるだろうか?

  5

 ということで、早速おまけの物語。
 終わってしまった舞台はどこまでも自由だ。
 旅の連れ合いは恋人の妹。
 部屋を出て階段を下りず、ふたりは廊下を直進した。
 開かずの扉は薄く開かれている。
「しかしひとり部屋なんて羨ましいね」
「昔はふたり部屋だったんですよ」
「それは意外だね」
「そうですか?」
 別に。
 言って、冷たく接した勢いで『奥の部屋』の扉に手をかけた。
 引っ張り、少しだけ開いていた扉を全開にして、侵入。
「警察だ! 逮捕する! この子が人質だ!」
「いや、それじゃ後半犯人じゃん!」
 ノリのいい返事は羽交い締めにしている彼女のものでは有り得ず、前方から。
 部屋の主である、『恋人』の口から発せられた。
 ちなみに男である。
 つまりはお兄ちゃんである。
「なんと! おまけの物語は禁断のボーイズラブであったか!」
「すまん。飛ばし過ぎていてなにを言っているのか分からない」
 その辺りの説明を補完したあとで、ようやっと恋人の妹の首から手を離した。
 刹那、回し蹴りを喰らい廊下まで吹き飛ばされた。
 琥珀の町はいつだって月のような重力設定である。
「さてと、こんなところかな」
 うん、これで思い残すことはなにもない。
 起きあがり、階段を駆け下りて母親にご挨拶をして玄関のサンダルを手に取った。
 手に取ったサンダルを足に嵌めて玄関の扉を開き、そして外へと躍り出る。
 街灯の映し出す影絵はあざとらしいまでのフリルスカート。
 一人称を用いない文体は秘する円十字の記号。
 見上げれば、空には煌々と光る青い月。
「さあ、昔話を突破しよう」

「幸せになれ!」
(ss2-21.html/2007-11-21)


/物の怪クダンへ
short short 2nd
21 クロノ・トリガー-Ievan Polkka-
22 物の怪クダン-I've Been Working on the Railroad-
23 イノセントマリオネット-Orphee aux Enfers-
24 赤犬のワルツ-Minute Waltz-
25 月姫のタンゴ-Libertango-
26 海鳴りの詩-Soap Bubbles-
27 掌を太陽に!-We are not Alone-
28 クロノ・クロス-Oklahoma Mixer-
29 インフェルノフェスティバル-Mayim Mayim-
30 まつりのあと-Auld Lang Syne-
31 ノータイトル・エチュード-Cotelette-
EX 原曲一覧-Original Title-
EX キャスト-Crossing-
Cast
雪白姫音子-ユキシロ・ヒメネコ-
Ruby
嗜虐心-シギャクゴコロ-
反映-リインカネーション-
影絵-シルエット-