カーネーション
ノベルSS2>物の怪クダン
I've Been Working on the Railroad
  1

 夢。
 夢を見ていた。
 夢の終わりは翼の生えた少女に委ねられる。
 残されたのは復讐に燃える赤い瞳。
 そして僕は目を覚ました。
 上半身を起こすと、側頭部にわずかな鈍痛が走る。
 触れてみては、こんどは指先に鋭い痛み。
「…………?」
 起き上がり、鏡の前に立つ。
 見えたのは牛柄のパジャマを着た中学生の少年。
 灰色の寝癖を手櫛で整えると、痛みの正体を発見した。
 頭頂部と耳の間の、側頭部。
 そこに左右ひとつずつの、小さな『角』が生えていた。
「これはいったいどうしたことだっ」
 角を人差し指と中指で挟みながら狼狽する。
 その最中、鏡に映り込んだ時計を見てしまった。
 それはいつもより遅い目覚め、ゆっくりできない時間帯であったから。
「今日は始業式だっていうのに、なにがどうして?」
 問題は先送りにするしかなくて。
 僕は手櫛で寝起きの寝癖を再現して、部屋を出た。
 両親にも妹にも『角』を見咎められることなく、家を出た。

  2

 本日は晴天なり。
 散りゆく桜にはなんの感慨も湧かず。
 髪の毛をくるくると回しながら道を歩いていると、ほどなくして目的地に到着した。
 見上げれば、太陽に煌めく琥珀色の学舎。
 その名もズバリ琥珀色中学校!
 三十七人九クラス三学年の、九百九十九人を収容するマンモス校である。
 私服登校にして非給食制。
 無秩序であるが故に温厚な性格を持つ生徒が多く、みな大人びて自立していた。
 目の色髪の色さまざまで、また障害者もそれなりに多いバリアフリー。
 授業のレベルは広く浅く、偏差値はぴったり五十五。
 その校風の真価は『部活動』にあるという、自由を唄いたい僕らの楽園である。

  3

 昇降口と教室を飛ばして体育館に赴いた。
 会場にはおよそ九百人の生徒たち。
 そして壁という壁に、新しいクラスの一覧が貼られていた。
 入学式と始業式を兼ねた行事は、自分の名前を見つけるところから始まる。
「……あった。二年二組か」
 呟いて、こんどは席探し。
 二年二組のスペースには、既に三十三人ほどの生徒が着席していた。
 知っている顔もあれば、知らない顔もある。
 空いている席に着くと、その両隣は知らない生徒だった。
 赤い髪をウルフカットにした、孤独な『犬』のような男子生徒と。
 白い髪を大きな帽子で隠した、瀟洒な『猫』のような女子生徒。
「ここ、空いてるかな?」
 頷く赤犬と、笑う白猫。
 彼女は言った。
「空いてるもなにも、もう座っているじゃないですか」
 何故か丁寧語だった。
 続けざまに指摘する。
「寝癖、直したらどうです?」
「重要なことなら誰彼問わずにファッションなんだ」
 ファッションなんだ、と二回言った。
 気分はベランダに立って胸を張る夢の夜の真夏。
「鬼の角みたい」
「そこまで言うなら、その帽子を貸してくれよ」
「それは嫌です」
「なんで?」
「人は誰でも秘密を持っているものだから」
 そんな決め台詞で対話を終える。
 三人の名前を交換すると、入学式兼始業式が始まった。

  4

 夢から醒めると、入学式兼始業式は見事に終わっていた。
 赤犬に起こされては、白猫の背中を追いかける。
 ほどなくしてHR棟の二階、二年二組の教室に辿り着いた。
 即席パーティーはあっさりと別れて。
 ひとり適当な席に着くと、すぐに隣の席は埋まった。
 銀色の長い髪をたなびかせる、『お人形さん』のような女子生徒。
 僕は、一撃で、恋に落ちた。
「お、おはよう」
 どもりながら挨拶をすると。
 小首を傾げながら、愛想に満ちた顔で返事をしてくれる。
「おはよう」
「はじめまして」
「はじめまして」
 そしてお互いの名前を交換しては、対話を終える。
 あまりの一目惚れに動揺してしまい、上手く言葉が紡げない。
 代わりに僕は後ろの席の女子生徒に声をかける。
「こんばんは!」
「まだ朝だよ?」
「ああ、すまない。仕事柄『時差』に苛まれていてね」
「え? もしかして、地球と月の時差?」
「きみがなにを言っているのか分からないよ!」
 話しかけたのは電波ゆんゆんの『月の人』だったらしい。
 金色の髪を短く浮かせた、頭のゆるそうな女子生徒。
「ところであなたは誰?」
 お互いの名前を交換すると同時に、担任の先生が現れた。

  5

 夢から醒めると、放課後になっていた。
 とはいえ授業のない日のこと、お昼になったばかりである。
 僕は十人ほどにまで減った教室を抜け出して、隣の棟に赴いた。
 管理棟の一階は丸ごと学食として機能している。
 五百人ほどの生徒と職員に囲われて、僕は『干し草定食』を手に着席した。
 隣には、『ミートソース・スパゲティ』を口にする他のクラスの生徒。
 青い髪をしっとりと濡らした、『人魚』のような女子生徒。
 当たり前のように対話はなく。
 後から来たのに先に平らげて、僕はお先に食堂を後にした。

  6

 HR棟の屋上は高さ三メートルのフェンスで囲われている。
 文化祭や天体観測などの行事でよく利用されるからだ。
 故に普段から屋上が開放されているという、大変珍しい校風になっている。
 今日も今日とて、主に新入生を中心に三十人ほどの生徒が地上を見下ろしていた。
「ん……」
 真昼の太陽を頭上に掲げては。
 光のカーテンの合間を縫って、見憶えのある影絵。
 きみの名は―――
「―――雪白、姫音子」
 帽子を外した白猫が、そこに居た。
 その『猫耳』に見とれていると、一縷の風に髪を引っ張られる。
「やっぱり、鬼の角みたい」
「猫の耳を生やした君に言われたくないね」
「これは飾りです。本当の耳なら、髪の中に」
 見せたりはしないけれどと、彼女は言った。
 そして彼女は僕の物語を教えてくれた。
「入学式を兼ねた始業式で、あなたは寝言を呟きました」
「それは恥ずかしい。ちなみに、なんて?」
「私が今年度の『生徒会長』になると、そんな予言を紡ぎました」
「寝言の域を超越しているね」
「そして『赤犬』が体育祭で大活躍すると」
「どうでもいい予言ばっかりだ!」
 それはそれなら、僕は『銀色人形姫』と『月姫』にも予言を与えたのかもしれない。
 どうでもいい予言ばかりであることを、望むばかりだ。
「僕の役割を教えてくれてありがとう。あとは家に帰って眠ることにするよ」
「眠ってばかりいると、牛になりますよ」
 言って、彼女は手櫛で僕の寝癖を再現した。
 大きな帽子を被り直して、見上げて言う。
「―――私と一緒に、遊びませんか?」

  7

 そんな感じで、僕たちの『生活』はまだ始まったばかり。
 めでたしめでたしの向こう側は永遠の幸せで。
 蛇足の物語は自己満足に過ぎないけれど。
 その先には、きっと虹色の万華鏡が輝いていると信じている。

 最後に、使い忘れたネタ。
「眠りすぎて牛になったら、妹に世話を焼いてもらうんだ!」
「馬に蹴られて死んでしまえばいいのに」
(ss2-22.html/2007-11-22)


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short short 2nd
21 クロノ・トリガー-Ievan Polkka-
22 物の怪クダン-I've Been Working on the Railroad-
23 イノセントマリオネット-Orphee aux Enfers-
24 赤犬のワルツ-Minute Waltz-
25 月姫のタンゴ-Libertango-
26 海鳴りの詩-Soap Bubbles-
27 掌を太陽に!-We are not Alone-
28 クロノ・クロス-Oklahoma Mixer-
29 インフェルノフェスティバル-Mayim Mayim-
30 まつりのあと-Auld Lang Syne-
31 ノータイトル・エチュード-Cotelette-
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EX キャスト-Crossing-
Cast
牛頭丸正夢-ゴズマル・マサユメ-
Ruby
天体観測-プラネタリウム-
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