カーネーション
ノベルSS2>インフェルノフェスティバル
Mayim Mayim
  1

 時は一息に流れて、十一月。
  舞台は再びの琥珀色中学校。
 背景は夜の月。
  文化祭の―――前夜祭。
 夜闇に満たされた学舎を照らすは、幾千の篝火。
  幾千の篝火が導くは、校庭に建てられた―――

 キャンプファイヤー。

  2

 校門前。
  人魚姫。
「お兄ちゃん……」
 「年に一回、夏休みにしか帰ってきてくれないお兄ちゃん」
「私の学校に、なんの用?」
  主人公は黙して答えない。
 ただお互いに、構えるのみ。
 「お兄ちゃんの身体はとっくに成長限界を迎えているけれど」
「私は九百日分、成長しているんだ」
 「それでも……止める私を、突破するの?」
 主人公は一歩を踏み出した。
  初戦にして唯一の『繋がっている』人物、従姉妹との対決。
 戦闘を―――開始する。

  3

 人魚姫の体術は大人を遙かに凌駕している。
  両腕で攻撃を受け止めては、反撃の『尾ヒレ』は一撃必殺といって差し支えない。
 更には『捕まえることができない』特性まで保有している強キャラ設定。
  戦闘を回避し続けてきた主人公には、万にひとつも勝ち目などない―――!
「されど走ることのできないおまえは、つまりは初撃を避けることができない」
 「カウンターに徹する他ないのだろう」
「だから、与えるダメージより受けるダメージの方が大きくなろうとも―――」
 「一撃で決めれば、戦闘力なんて関係ないっ!」
 走り、一瞬で距離を詰める主人公。
  その鬼気迫るプレッシャー。
「…………!」
 目を瞑り、うずくまる人魚姫。
  そしてその横を走り抜ける主人公。
「なっ、騙された!」
  気付き、されど追えない人魚姫。
 先天的に『走ることのできない』人魚姫。
 「こうなると思って言わなかったのに、気付いてたんだ……」
「お兄ちゃんの―――」

 「―――ばかぁーーーーーっ!」

  4

 初戦、人魚姫。
  騙し討ちの不戦勝。
 走り抜き、そして昇降口に辿り着く主人公。
  待ち構えるは未来視の仔牛。
「あなたが来ることは知っていましたよ」
 「そしてあなたの『童話特性』は、この場所ではあまり役に立たない」
「追い打ち、これが僕の『秘密奥義』!」
 「『眠れる仔牛』!」
「半分眠りながら戦うことにより、数秒先の未来を完全予測!」
 「行動の『最適化』を計る究極能力!」
「そしてあなたが僕に勝てる確率は―――」

 「百パーセント!」

「ぐはぁっ!」
  でこぴんひとつで吹き飛ぶ仔牛。
 ハムスターより弱い男の子であった。
  第二戦、仔牛。
 オッズは等倍にして、圧勝!

  5

 中庭。
  赤犬。
 番犬。
  ナイフ使い。
 最強の敵。
  対話などなく。
 戦闘開始!
 「俺がおまえに勝てる確率はゼロパーセントだ」
「おまえのステージが中庭でよかった」
  そして主人公の『童話特性』が花を開く。
 足に力を込めては。
  天蓋の月を見て。
 ―――跳ねる能力!
 「八艘飛び!」

  6

 空中にて、再びの不戦勝。
  HR棟の屋上に着地した。
 これが最後の戦闘になるだろうと予感する。
  手前には月姫。
 そして最奥には―――銀色人形姫。
  これで全員出揃った。
「うーさぎうさぎ♪」
  唄う月姫。
「なに見て跳ねるっ♪」
  踊る月姫。
 まるで重力が六分の一しか働いていないような立ち振る舞い。
 「ねえ、最後くらいはちゃんと戦いましょう?」
 月姫は言う。
  主人公は頷いた。

 そして最後の戦いが始まる。

  7

「こんどは『脅し』じゃないぜ―――」
  圧倒的な脚力で月姫に迫り、同じ足で彼女を蹴り飛ばす主人公。
「…………!」
  その強力な足蹴りは、されど振り抜けない。
 掴まれたわけではない。
  両腕でガードされただけで、だっていうのに踏鞴を踏ませることさえできない。
「痛いなー、お仕置きを覚悟してね?」
  言って、主人公の腹部に張り手をする月姫。
 その一撃で、主人公の身体は交通事故にでも遭ったかのように吹き飛んだ。
 「がはっ―――!」
 背中をフェンスにしたたかにぶつけて、地に足を着く。
  呼吸ができないレベルのダメージ。
「こんどは? こんども? とにもかくにも、こっちからいくよー?」
  言って、内容に反して頭を垂れる月姫。
 屈んで屈んで―――跳躍する。
  超低空を―――滑空する!
「ムーンサルト・キーック!」
  嘘だった。
 ただのロケット頭突きだった。
  その圧倒的な『質量』を怖れて、右へ左へ逃げ場を求める主人公。
「八艘飛び!」
  紙一重の回避。
 瞬間、フェンスが歪められて破壊されて突破される。
 「あれ?」

 月姫はフェンスを抱いて落下した。

  8

 されど戦闘は終わらない。
  それは地球では有り得ない話。
 落下するフェンスを足場にして、月姫は屋上に向かって跳躍した。
  それは跳躍というよりは、既に『飛翔』の領域。
 見事に着地して、スカートの裾を払う。
 「逃げ足速いね?」
「そうやって、逃げ続けたところで運命は重圧を増すばかりなのに」
  一瞬だけ聡明な顔つきになる月姫。
 尻餅をついた主人公はただただ怯え―――考えるだけだ。
  月姫の『童話特性』は『自らの体重を変動させること』で間違いないだろう。
 蝶のように舞い鹿のように跳ね、猪のように突進する高機動重戦車。
  つけいる隙は―――ないだろう。
 月姫は見た目に反して、実に頭の回転が早い。
 「与えるダメージより受けるダメージの方が多く」
「勝てる確率は極めて低い上に、ステージはパスできない最終局面」
 「わたしが優しく殺してあげる」

「翼の生えた、少女のように」

  9

 その言葉に。
  炎のように揺らめく、真っ赤な瞳。
「―――そうだな。おまえの言うとおりだ」
  覚悟を決めようか。
 脱兎のごとく―――戦おう。
 「おまえは俺の攻撃に、正しく『痛い』と言った」
「質量を増したところで、ダメージがゼロになるわけじゃないのだろう」
 「斬撃ならば届くだろうけど、あいにく包丁なんて持っていない」
「そしてもう、考えることなら―――面倒なんだ」
  だから言葉に意味なんてない。
 与えるダメージの大半はカットされて、同じだけのダメージを喰らう『やいばのよろい』であろうとも。
  いまの主人公には、『HP』なんて値はきっと用意されていない―――!
「少なからず、そのつもりだっ!」
  跳躍、八艘飛び。
 回り込み―――やくざキック!
  わずかに揺れるのみで、その小さな身体は崩せない。
 足の方がイカレてしまいそうで。
 「可哀想な子」
 言って、振り返る月姫。
  その動きは緩慢で。
 重ければ重いほど、遅くなるのだろう。
  そこになにかヒントが隠れているような気がして。
 月姫の首筋を狙って、高く足を振り上げる。
  鋼のような腕で防がれた。
 連撃の足払いは振り抜けず。
  両足から血が溢れ出る。
 隙を突かれ、太ももを横から蹴られた。
  錐揉みになって、再びフェンスに助けられる。

  10

 痛いなんてものではなく。
  生命の危機を何度も感じていたけれど。
 あの子の恐怖は、きっとこんなものじゃあなかったはずだ……!
 「そして分かったぜ。なんだ、おまえは赤犬にも人魚姫にも劣る雑魚敵じゃないか」
 仔牛には流石に劣らないけれど。
  まあ―――主人公と同じ程度の強さなのだ。
「騙されていた。倒さなければならないと躍起になっていたらまず勝てない、詐欺師の戦い方だ」
  重ければ重いほど遅くなる。
 速ければ速いほど軽くなる。
  そのスイッチする戦い方は、なるほど器用なこの子に相応しい能力ではあったけれど。
 主人公の『月見て跳ねる能力』と変わらない、二流の能力だ。
 「さあ―――俺は疲れた。戦闘を、終わりにしよう」
 言って、あろうことかフェンスを乗り越える主人公。
  自殺しようというのだろうか?
 ―――否、それは起死回生の『必殺技』。
「あやとれ! 『鳥籠迷路』!」
  そして戦闘は終局に向かって一息に加速する。
 外側からフェンスを蹴り飛ばしては、
  連撃すること、全方位。
 月姫の選択肢は―――
 「ガードするだろうな。体重を減らせば避けることだってできるだろうが、それはきっと怖いはずだ」
 体重がそのまま攻防力に繋がるこの星で、虫は簡単に潰れてしまうから。
  月姫は、ただの一度も攻撃を避けていない―――!
「そして! おまえの攻撃が『重い』のは、攻撃を仕掛けたあとで『上乗せ』するカタチで体重を増幅しているからだ!」
  それはつまり、動きさえ封じてしまえば。
 全身一分の隙もなく『がんじがらめ』にしてしまえば、体重の如何など関係なく。

 「鳥籠の―――完成だ」

  11

 屋上の真ん中に、鳥籠ひとつ。
  その中には小さく丸まって閉じ込められた月姫。
 雌雄は決して、四戦全勝。
  その報償は―――銀色人形姫。
 彼女の首を抱き、人質に仕立て上げる。
  あとは役者を待つばかり。
「…………」
  最初に到達したのは、やはり赤犬だった。
 その背中には眠れる仔牛。
  そしてその隣には―――
「誰だ、おまえ」
  ―――主人公と同じ色彩の女の子。
 されどその瞳は金色で。
 「雪白姫子です」
「生徒会長です」
 「あるいは、白猫と名乗った方がいいでしょうか」

  12

 白猫の童話は知らない。
  主人公の知っている童話は十六番目までだ。
「あなたの事情なら、大体は仔牛の予言で聞いています」
 「だから私は中庭に居たんですけど―――」
「屋上に逃げるなんて、なんて予想外」
 「きっとあなたは、私を除くすべての『童話特性』を把握していたのでしょう」
「『兎』としての、あなた自身も含めて」
 「復讐をしに、来たのでしょう?」
 主人公は首を振る。
  銀色人形姫を解放する。
「散々暴れたあとで言っても説得力はないかもしれないが―――」

 「これは復讐の物語なんかじゃないんだ」

  13

 月を見て。
  羽根が舞い散る。
 主人公の腕の中には、翼の生えた女の子。
  金色の髪のラプンツェル。
「なあ、どうすればこいつを起こすことができる?」
 「眠りを覚ます能力者は居ないのか?」
 主人公はついに目的を明かした。
  誠意を込めて、白猫は答える。
「眠ってなんか、いないじゃないですか」

 「死んでいますよ、それ」
(ss2-29.html/2007-12-29)


/まつりのあとへ
short short 2nd
21 クロノ・トリガー-Ievan Polkka-
22 物の怪クダン-I've Been Working on the Railroad-
23 イノセントマリオネット-Orphee aux Enfers-
24 赤犬のワルツ-Minute Waltz-
25 月姫のタンゴ-Libertango-
26 海鳴りの詩-Soap Bubbles-
27 掌を太陽に!-We are not Alone-
28 クロノ・クロス-Oklahoma Mixer-
29 インフェルノフェスティバル-Mayim Mayim-
30 まつりのあと-Auld Lang Syne-
31 ノータイトル・エチュード-Cotelette-
EX 原曲一覧-Original Title-
EX キャスト-Crossing-
Character List
Ruby
大人-プロ-