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ノベル>不思議の国のアリストクラシー>コハクノマチ(3) | ||
Prologue-3
5 教会に入れば中は広く、ステンドグラスやグランドピアノ、マリア像といったすべてのオブジェクトが立派だった。クリスマスだからだろうか、人が多い。 「マスター」 那々は黒衣を纏った男に話しかけた。どうやら彼が神父らしい。神父というからには痩せたり太ったりした文化系の男を想像していたが、ところがどっこい身の丈二メートルはありそうな大男だった。体重も三桁だと思われる。 「紹介します。彼が私の―――その、彼氏、です」 那々の紹介に、神父と目を合わせる。神父は度肝を抜かれるほど優しい目をしていた。心が洗われるようだった。人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出す。 「そう。うちの娘をよろしくね」 「あ…………はい」 握手を交わすとそれだけで満足したのか、神父は「それじゃごゆっくり」と言ってどこかへ消えた。オレは不思議と胸が温かくなるのを感じて、隣に居る那々の顔を見た。那々は神に祈りを捧げていた。見られていたことに気付いて、眉を下げながら笑う。 「ごめんね。これ、日課なの」 「オレも付き合うよ」 「本当?」 それからオレは見様見真似で神に祈った。手を組む那々はどこか神父に似た不思議な雰囲気を纏っているように見えた。それは目蓋を開いて笑ったと同時に消えてなくなった。 「こっち来て?」 言って先を歩く那々。後ろに続くと聖堂の最果てに着いた。そこには木製の扉があった。 「懺悔室?」 「違うよ。男女ひとつの部屋って、言ったよね?」 「言ったけど」 「私の部屋に案内してあげるよ」 言って、那々は木製の扉を開いた。 そこはキッチンと食堂が繋がった部屋だった。聖堂の半分ほどの敷居である。クリスマスツリーに折り紙の輪といった、特別な日らしい飾り付けが成されていた。 中を覗けばキッチンではシスターと思われる人物が料理に勤しんでいた。挨拶をしようとすると何故か那々に止められた。どうやら会わない方がいい人物らしい。 タオルを手に、優しい顔をした那々が言う。 「ここで手と顔を洗って。終わったら、二階に私の部屋があるから―――案内、するよ」 学校の水道のように蛇口の並んだ洗面台で言われた通りのことをして、導かれるままに二階に繋がる階段へ。広い木製の螺旋階段を上れば、六つの部屋が並ぶ廊下に辿り着いた。奥には芝生の敷き詰められたバルコニーが見える。まるでペンションのような作りだ。 「それで、奥の右が私の部屋だから」 「他の部屋は?」 「もちろん他の子が使ってるよ」 「…………他の子?」 「七つの子」 神父は子供のプライベートまで尊重するのか、鍵を使って部屋の扉を開けた那々はそのくせあっさりとオレを中に招いた。那々はダッフルコートを脱いで、黒いセーターとチェックのスカートを露わにした。オレはとりあえず上着を脱いで、肌着を脱いだ。 「なっ、なにしてるの?」 「それはおまえを食べる為!」 「口の大きさとかは聞いてないよ!」 ランニングを着て、フリースを着て、それとなく室内を観察する。広さは六畳ほどだろうか、フローリングの床にホットカーペットが敷かれている。家具はといえば西洋の香りがするシングルベッドに、やはりビッグサイズの衣装棚。学習机の上には化粧用か、鏡がセットされている。シンプルなことに部屋の設備はそれだけだった。 設備はそれだけだったのだが――― 「気を付けろ、この部屋には六百六十六の獣が潜んでいる!」 「襲ってきたりしないよ」 「ぬいぐるみ、いっぱい持っているのな」 ―――床に巨大な鼠のぬいぐるみが置いてあったりとか、机に牛のぬいぐるみが大量に飾られていたりとか、天井に虎のぬいぐるみが吊られていたりした。 「晴一がくれたんじゃないか」 「そうだっけ?」 「そうだよ。キャッチャーゲームで取ってくれたの、憶えてないの?」 「ああ、そういえばおまえはぬいぐるみばかり欲しがっていた気がする…………」 ひとつひとつの見憶えはあったが、こんなにキャッチした記憶はなかった。思えば長い付き合いなのかもしれない。 「そうなると無趣味な部屋だな」 「そうでもないよ」 「こんど木刀を持ってきてやろう」 「それはすごく要らないよ」 見慣れているし、と那々はオレの知らない情報を言った。 「それは他の子が持っているということか?」 「あ、うん―――」 「教会で暮らしているのは那々だけじゃないのか?」 「…………」 那々は眉を下げながら、とても言いにくそうに口にした。 「公にはしていないんだけど、ここは孤児院を兼ねた教会だから、私以外にも六人の子供が暮らしているんだよ」 本当は秘密なんだけどね、と那々は言った。その態度は秘密を明かしてしまった罪悪感に苛まれている―――というよりは、オレに教えるのを躊躇っていた過去を感じさせた。 あるいは「教会で育てられた女の子」という属性が不憫のそれではないと知られたとき、オレに嫌われるとでも思ったのかもしれない。その不安は正しくて、初めから幸せであったところの那々を、オレは愛すことができるのだろうか―――? それはそれとして。 「六人? 部屋、足りないんじゃないか?」 「マスターとシスターは一階に部屋があるから」 「それだって、ひとつ部屋が足りない」 「ソラとシドって子は相部屋なの」 他にはカイとナギとユキとリンって子が居るよと那々は言った。 それはつまり、教会で育てられた女の子は人並以上に賑やかに育ったということで。幻想が打ち砕かれたオレは、胃がシクシクと痛むのを感じた。 「那々―――」 「どうしたの?」 微かに身体を震わせる那々。 その頼りない肩を掴んで、オレは言った。 「―――お腹すいた」 「言うと思ったよ」 時刻は未だ十一時。 一時間ほど待たされて、オレはシスターの手料理を振る舞われた。 6 さて、楽しい時間は早くに過ぎてしまうもので、ここから時は一気に加速する。一階に下りて食堂に歩を進めると、そこではシスターが自ら手作りと謳うチキンやらケーキが振る舞われていた。カトリックに明るくないオレにはよく分からなかったけれど、どうやらクリスマスというのは基本的に明るく楽しい行事らしい。 なにはともあれ、肝要なのは料理である。シスターの振る舞った料理は量が質に転化しているのか、大盤振る舞いであるが故に大雑把な味付けではあったものの、その豪快な味付けは実に美味しかった。いや、美味しかったというよりは旨かったと評するべきか。中途半端なレストランより人気の大衆食堂といった感じ。 食事中、いくらか欠けた六人の子供と話をした。それは知っている子だったり意外な子だったりしたが、場が功を奏しているのかいつもよりずっと話が弾んだ。どうやら那々は七人の子供の中ではお姉さん的存在らしい。学校とは違う一面を見ることができた。 「ふぅん、あんたがナナの彼氏か」 配給を終えたシスターが驚いたことに煙草を吸いながら話しかけてきた。頭巾を外せば燃えるような赤い髪。よく見れば髑髏のアクセサリーをジャラジャラと纏わせていて、とんでもないシスターだった。神に仕えているというよりは、神に差し支えているといったところだろう。それでもその声だけは妙に優しかった気がする。 「ナナの乗り心地はどうだ?」 オレは椅子ごとひっくり返った。その拍子に椅子の背もたれを破壊してしまった。今日はよく人の物を壊す日だなと思った。 しかしそんなことはどうでもいいとばかりに、シスターは続ける。 「ナナは尽くすタイプだからな。そしてカタチだけで満足するタイプ。 いい買い物したよ、彼氏!」 言って、シスターは「ひっひっひ」と笑った。魔女のような女の人だった。 巡礼者も帰り、子供たちが各々の部屋に帰った頃、時刻は十六時になっていた。いつもなら帰る時間―――では、ない。あと二時間ほどの猶予がある。 部屋で紅茶を飲む那々に、オレは言った。 「那々」 「ん?」 「クリスマスプレゼントは、子供でいいか?」 「なに言ってるの? 黒朱鷺くん」 誰も居ないところで苗字で呼ばれた。 「教会に来てくれたのが、クリスマスプレゼントなんだってば」 「思い出じゃない。カタチあるものを渡したいんだ」 考えて、近くのぬいぐるみを手に取る。 「これだって、元は那々のお金だしな」 「でも一回か二回で取ってくれるから、それは立派なプレゼントだよ」 聞き流して、オレは辺りを見渡した。鼠、牛、虎、龍、馬、羊、猿、鳥、犬、猪のぬいぐるみが所狭しと並んでいる。その王国の中で、オレは重大な事実に気が付いた。 「兎のぬいぐるみがないじゃないか」 「ないけど…………熊とかもないよ?」 「ゲームセンターに行こう」 那々の発言を無視して言った。オレは本当はゲームセンターに行きたいだけだった。 だっていうのに、彼女は頬を赤らめて言った。 「それなら、欲しいぬいぐるみがあるの」 先に言われて吃驚したよと、那々は嘘か誠か分からないことを言った。しかしそれは次の台詞で本当なのだと知らされることになる。 「駅前のお店の、時計を抱えた兎が欲しい」 それからオレたちはクリスマスだというのにゲームセンターに入り浸り、まずは太鼓を叩くゲームなどに勤しんだ。那々はすぐにも取って欲しそうな顔をしていたがこれを焦らし、ダンスをするゲームなどを楽しんだ。 何故か今日のオレは冴えていて、最高記録を圧倒的に塗り替えた。熱中しすぎてステップ台を破壊してしまったのはここだけの話。破壊王の名を欲しいがままにした。 そのようにたっぷりと那々を振り回したあとで台を見定め、五百円を投入し、二回のプレイで『時計を抱えた兎のぬいぐるみ』を手に入れた。一回分余ってしまったので、ついでに蛇をモチーフにしたミサンガを取った。クレーンの操作はオレの唯一の特技であると言えた。 店員に紙袋を貰い、教会に戻った。明日また烏山教会で会う約束をした。兎のぬいぐるみを紙袋ごと渡すと、それを抱き締めて喜んだ。その姿を見られて、違うの可愛い子ぶったわけじゃないのと恥ずかしそうに自己矛盾している那々に癒されたあとで家路に着いた。 途中、妹の古いクラスメイトに会った。彼は「メリークリスマス、先輩」と軽快な挨拶をして、別れ際には「また明日、学校で」と意味深なことを言った。後者も気になるところだが、しかしオレは『メリークリスマス』という言葉になにか大切なことを忘れているような気がして、それどころではなかった。 それでも雪は降り続けて、その奇蹟の前にオレは考えることをやめた。生まれて初めて巻いたマフラーの暖かさに酔いしれた。烏山教会は余所の子であるオレにも優しくて、とろとろにとろけてしまいそうで、家に帰るのも億劫になる。 冬の空を鈍足に歩めば、団地に着いたのは十九時近くだった。 (lp2-3.html/2006-12-24) /04 コハクノマチ(4)へ |
Aristocracy in Wonderland
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