カーネーション
ノベル不思議の国のアリストクラシー>コハクノマチ(1)
Prologue-1
  0

「絵ぬき、会話ぬきの本なんて、どこが面白いんだよ」
(ふしぎの国のアリス|ルイス・キャロル)

  1

 オレの妹は十二歳で、中学一年生で、だっていうのに友達がひとりも居なかった。そうして家の外に出なくなった妹は家族に依存して、つまりはオレに縋り付いた。頼んでもいないのに寝起きの悪いオレを起こして、朝食とお弁当を作って、洗濯やら掃除やらを請け負った。まるで虚構の世界の登場人物のようだった。実際演じていたのだろう。そこまで人に尽くせるのなら友達の百人くらい作れると思うのだが、あるいはクラスメイト全員を騙すには舞台が狭いのかもしれない。要領の悪い子なのだ。
 オレが妹の分も勉強して家に帰ると、妹はオレを兄妹部屋に引っ張っていって紅茶とお茶請けを用意した。それこそ友達をもてなすような奉仕をしたあとで、妹は「今日も夢を見たの」と言う。昼夜が逆転しているところの妹はオレが学校に行っている間だけ眠り、そして帰ってきたオレに『夢語り』をするという習慣を身に付けた。もちろん、頼んでもいないのに。
 それでもそれはそれほどつまらないものでもなく、というのも妹の夢は理路整然とした物語になっていて、毎回『オチ』が用意されているという変わったものだった。聞けば映画のような視点で登場人物を捉えるという客観仕立ての夢らしく、だから自分が登場することは滅多にないのだと言う。なるほど、ひとりでTVばかり観ている妹らしい。と言ってもどこまで本当かは分からないし、本当は全部嘘かもしれないけれど、それだって主観で語られない物語は学校の授業よりは楽しいものだった。
 それはあるいは、とんでもなくすごいことなのかもしれないけれど。
 十分ほどに纏められた話は、時には「昔々あるところに」というくだりから始まったり、「僕の名前は×××××」という名乗りから始まったりと、絵のない絵本のようだった。夢の始まりなんてオレは全く憶えていないのだけれど、一日十時間も寝ている妹ならあるいは簡単なことなのかもしれない。夢の内容以外に憶えることなどないのだろうし。
 話を最後まで聞いてやると、妹は「ご静聴ありがとうございました」と他人行儀なことを言って夕餉を作りにキッチンへ消える。まったく、この家の主はなにをしているのだろうね。と言ってもヒキコモリであるところの妹を庇う気はまるでなく、その料理は中学生とは思えないほどに美味しかったので、オレはなにも言わなかった。

  2

 オレの妹は十二歳で、中学一年生で、だから語る夢の内容も幼稚なものだった。初恋は成就するし、復讐は簡単に果たされた。オレは馬鹿にするでもダメ出しするでもなく黙って聞いていたのだけれど、妹は「今日の夢語りは、言いたくありません」と自分から言うときがあった。それは数少ない『実在の人物』が登場する夢だったり、言葉にできない夢だったりした。それでもオレは『夢語り』を強制した。あるいはオレは、オレと妹が思っている以上にこのお遊びに嵌っているのかもしれない。
 ある日のこと、妹は言った。
「今日の夢は―――」
「どうした? 言えよ」
「―――怒らないで、くださいね」
 そう言って、妹は流れるように言葉を紡いだ。相変わらず対話より朗読の方が得意な奴だとオレは思った。昔々あるところに―――

 昔々のあるところは魔法の国で、緋色の髪の少年エミットも例外なく魔法使いでした。所有していた魔法の名は『林檎』。重力操作を可能とするその魔法はこと白兵戦に置いて上級クラスの火力を持つと言われていましたが、しかし生まれつき極端に魔力量の低いエミットは自分の体重を変動させることくらいしかできませんでした。やむなく自分の身体を鍛えることにした彼はそっちの才能はあったのでしょう、見る見る内に強くなりました。体重を乗せた正拳。体重をゼロにした跳躍。かくしてエミットは武術と魔法を組み合わせて、気付けばその国でも優秀と認められる戦士に育ちました。
 それでは物語が進まないので、ここで魔法使いの王―――魔王がその国を襲撃しました。戦争とはかくも長引くもので、その戦火にエミットの母親と妹は死にました。それはたったふたりの家族でした。絶望の淵に立たされたエミットは国の為に戦うことをやめ、誰かの為に戦うことをやめ、修羅になりました。与えられた悪意をそっくりそのまま返そうと、ただひとり、魔王の国に行きました。そこに居た空白の魔女はエミットの恋人で、裏切られたことを知ったエミットは最初の仇討ちに彼女を選びました。辛くも勝利を収めると、敵国であることを少しだけ忘れていたエミットのもとに道化の魔法使いと盲目の魔女が現れました。それは天敵でした。打つ手は打って、勝ち目は見えず。エミットは―――
 そしてふたりの魔法使いに勝利すると、遂に魔王のもとへと辿り着きました。おぞましいことに魔王の魔法は『満月』。引力操作を可能とするその魔法は『林檎』の遙か上位に位置する禁忌の魔法で、加えてその圧倒的な魔力の前にエミットは打つ手さえありませんでした。膝をつくエミットに、魔王は言いました。
「■■■■■■■■■、■■?」
 ………………………………。
 ……………………。
 …………。

「そこで夢は終わってしまいました」
「あ? 完結しなかったのか?」
「ごめんなさい…………」
「別にいいよ。元より大して期待していない」
 言って、オレは部屋から妹を追い出した。もっともここは妹の部屋でもあるのだが、一日の半分は明け渡しているのだから文句はないと思う。『終わらない夢』のことを考えながらも勉強は捗り、その日の妹のご飯も相変わらず美味しかった。
(lp2-1.html/2006-12-24)


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Aristocracy in Wonderland
Title
ex キャスト-Princess Arice-
01 コハクノマチ(1)
02 コハクノマチ(2)
03 コハクノマチ(3)
04 コハクノマチ(4)
05 ウサギノトケイ
06 フシギノクニ(1)
07 フシギノクニ(2)
08 フシギノクニ(3)
09 フシギノクニ(4)
10 ウサギノオツカイ
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