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ノベル>不思議の国のアリストクラシー>コハクノマチ(2) | ||
Prologue-2
3 いい加減で舞台を広げよう。オレこと黒朱鷺晴一は琥珀色中学校に通う最上級生であり、以下同文である限り生活の半分くらいは高校受験のことを考えて過ごしていた。現在の日付は二千年の十二月二十五日。終業式に参加する為に、もとい通知表を貰う為にオレは家を出た。家。家。町営団地、琥珀町団地。 外は現在進行形の雪模様で、ドラマティックなことにそれはイブの日の午前零時から延々と降り続けていた。交通機関が麻痺するほどに勢いよく降ることはなく、面白いくらいに積もらない粉雪。雨雲を必要としないのか、晴れ渡っているのに雪が降り続けるという不思議な天気だった。保健の先生が『暖かい雪だ』と浮いたことを言っていた。 それなりに奇蹟の雪を楽しみながら道を歩いていると、道なりに見慣れた後ろ姿を発見する。亜麻色に染めた髪を三つ編みに揺らした、平均より少しだけ低い背丈の女の子。クリスマスカラーのダッフルコートを着込んでいる。その上で通学鞄に十字架のキーホルダーを付けている生徒は、オレの知る限りひとりしか居なかった。 「那々」 近寄ってからその名を呼ぶと、緩慢な動作で那々は振り向いた。 「…………晴一」 オレの背丈は平均より少しだけ高かったので、那々は上を向いてオレの名前を呼んだ。名前。名前。名前で呼び合う、仲。 白い吐息と共に那々が言う。 「おはよう。今日も早いね」 「それは先に歩いていた奴が言う台詞か?」 「意地悪なこと言うね…………」 那々は俯いて、それから思い出したように通学鞄を開けて、言った。 「今年はホワイトクリスマスだね」 「こんなの、ただ寒いだけだろ」 「そう言うと思ったよ」 嘆息して、通学鞄から小さな紙袋を取り出す那々。渡されたそれを開けてみれば、中身は手編みのマフラーだった。 「…………え? 買い取れって?」 「商売じゃないよ。クリスマスプレゼント」 「お母さんに作ってもらったのか?」 「お母さんは居ないんだってば」 オレはマフラーを首に巻き付けた。編み目が細かい。 …………暖かい。 「ありがとう」 「どういたしまして」 「そしてごめん。オレ、プレゼントを用意していない」 「別に大丈夫だよ。私がプレゼントしたかっただけだから」 「那々はいい子だな。お礼に首に巻き付いてやろう」 「いいよ。いいよ? いいって言ってるでしょー!」 通学鞄を振り回して、それがオレの頭に当たったりして、過剰に心配する那々。 那々。那々。 亜麻鷺那々。 母親の居ない、父親だって居ない、教会で育てられた女の子。 中学三年生。 クラスメイト。 オレたちは、付き合っている。 「お礼をしたいんだ」 「…………それなら、今日、教会に来てくれる?」 「おっけー、神様を殺せばいいのか?」 「誰もそんな罪深いこと頼まないよ!」 そのように益体のない対話を繰り返していると、やがて学校が見えてきた。付き合っていることを秘密にしているオレたちは、別々に昇降口をくぐった。 4 終業式を終えて教室に戻り、通知表を受け取ったオレはその結果に愕然としていた。五段階評価で、『四』という数字が大半を占めている。あとは『三』と『五』がふたつずつあるだけで、実に平均的な数値だった。『一』や『二』を取る劣等生を省けば、本当の平均はこんなところだろう。 そしてオレは平均で満足してはいけない立場にあった。志望している高校の偏差値が七十に迫っているのだ。ただでさえ全国テストの結果も芳しくないというのに、この学校の平均さえ超えることができない自分に嫌気が差した。 だから現実逃避をすることにした。 「ハイヨー、マイハニー」 オレは那々に声をかけた。これ見よがしにマフラーを巻いた。 「約束通り、今日はおまえの家に行くことにしたよ」 「…………黒朱鷺くん、なに言ってるの?」 那々は他人の振りといった感じで、女友達の群れへと逃げて行った。 仕方がないのでひとり昇降口を抜けて校門で待つことにした。暖かい雪が降っているとはいえそれなりに寒いので、校門の前の石垣に乗ってケンケン飛びなどをして遊んだ。 ふとした拍子に足を踏み外した。オレの体重で石垣が欠けてしまった。 犯した罪の重さに呆然としていると、走ってやって来た那々が通学鞄でもってオレの胸を強かに叩いた。暴行罪で訴えようと振り向くと、しかしそこにはもう居ない。 帰路を先に歩きながら、那々は後ろ姿で文句を言う。 「秘密にしようって言ったのは晴一の方よね?」 「いや、あれはマイハニーという二人称を扱うプレイボーイという設定だったのだが」 「いままで大人しかったのにいきなりあんなことしたら、みんな不審に思うでしょー!」 「性格の変移はいつだって唐突だ」 「はぁ…………」 那々はまた始まったよといった顔で嘆息する。溜息というものは人に悪意を撒くものだと思っていたが、那々のそれは不思議と暖かい気持ちにさせる魔力を持っていた。眉は下げながらも、顔は笑っている。それはつまり。 「好きなのか?」 「え?」 「ツッコミが」 「好きじゃないよ!」 「五点」 「採点しないでよー!」 「オレと別れてくれ!」 「漫才師みたいな理由で振らないで!」 その言葉は冗談でも割と傷付くよと那々は言った。小さな身体で、小さな声で一生懸命に反応する那々は可愛かった。一生懸命にオレに合わせてくれているのだと思った。 ここだけの話オレはかなりの話下手であり、ツッコミ待ちを持ってしてのみ対話を築けるという懐の狭い人間だった。この対話は八割方那々のお陰で成り立っていると言えた。 「それで今日はおまえの家でなにをすればいいのだ?」 「あ、それなんだけどね」 「いや、愚問だった。男女がひとつの部屋でやることなど限られているのだった」 「え? えぇ? きっと晴一が思ってるのとは違うと思うよ…………?」 「なにっ、ゲートボールじゃないのか!」 「男女関係ないしふたりじゃできないし外でやるものだよ!」 話は進まないままに、道だけが後ろにできる。それでも目的地は遠い。恐らくは、琥珀色中学校から最も遠い学区が那々の育った教会なのではないだろうか。琥珀町団地を越えて、坂を下ったり上ったりして、ようやっと教会の十字架が見えた。 教会。教会。烏山教会。 「こんどこそ、道、憶えてくれた?」 「いや、複雑すぎる。そして憶える気がない」 「相変わらないね。いつだって私は、ここに居るのに」 以前にも一度ここまで来たことはあるのだが、扉を開けることはなかった。那々の親代わりであるところの神父とシスターに会うのはなんとなく気恥ずかしかった。それはあるいは、オレはオレが思っている以上に那々のことが好きだから、かもしれない。 益体のないことを考えている内に教会に辿り着き、那々はその大きな扉を躊躇いもなく開いた。 (lp2-2.html/2006-12-24) /03 コハクノマチ(3)へ |
Aristocracy in Wonderland
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