カーネーション
ノベルリレーノベル>カモンベイビー★クリスマス>ホワイト・サンタクロース
White Santa-Claus
ホワイト・サンタクロース小森
Side-D(2)/

 寝ぼけ眼に映ったのは真衣さんの姿で、彼女は私に膝枕をしたまま眠っていた。役割を終えた役者はただ黙るのみなのだろう。人間というのはそういう風にできている。
「おはよう、サンタ・コロースさん」
 声のする方を振り向くと、夢に見た当人―――かずみくんが腕と膝を組んで鎮座していた。
「はは、睡眠薬の副作用かな。ひどい顔だよ。顔を拭いた方がいい」
 そう言って私に湿った布を投げた。消毒剤の匂いがする。恐らくウェットティッシュだろう。ありがたく使わせてもらうことにした。
「お尻拭きを一枚抜き取っておいてよかった」
「ぶっ――!」
 思わずウェットティッシュ……もといお尻拭きを鼻息で吹き飛ばしてしまう。
 いや、汚くはないんだけどさ。それだって、お尻拭きという名前である以上、顔は拭きたくないだろう?
「さて、部屋で四人が鉢合ったとき、僕は置き去りにされた。靴下の中身を確認する時間はあったんだ。その証拠にお尻拭きを抜いてきた。つまり推論はやはり事実だったわけだね」
 彼は続ける。
「息子想いの両親を持って嬉しいよ。ソースの塗られた林檎は素敵だった。ブドウ汁の染み渡ったエビフライは独創的だった。本当はふたりの子じゃないのに、"おとうさん"という一人称を使ってくれたお父さんが、好きだった」
 モノローグは続く。
「僕をクリスマスプレゼントとして捉えたお母さんは可愛かった。夫より子供を優先する鬼嫁を演じてくれて嬉しかった。ゲームもやらないのに"地球防衛軍2"を正しくプレゼントしてくれたお母さんが、好きだった」
 それはまるでエピローグのように。
「そんな僕の愛しいお母さんは、その袋に潜り込んだ。気分は頭を隠してお尻を隠さない猫のよう。それは膝を折れば完全に入ってしまうということだね。大人であるお母さんでさえ入れるのなら、子供である僕は楽に閉じこめられるだろう。
 ついで言えば、猫気分のお母さんは着払い票も現金も一緒くたという印象を受けた。それだけのプレゼントを配ってからこの家にやってきたのは偶然じゃないよね。恐らくこの家はあなたの最後の仕事だ。
 ―――その目的を言え、サンタクロース」
 彼は私をラスボスとして認識した。
 私は真衣さんの腕をどけて、膝枕から脱却した。

「じゃーん! オムツとお尻拭き買っておきましたー!」

 部屋に響き渡る徹さんの声。
 それを背中に聞きながら私とかずみくんは廊下を走り、そして玄関を―――


Side-C(2)/

 家を飛び出せば、外は雪。僕の服装は寝間着。しかし寒くはない。当たり前だ。僕は胎内外で創造された非人間。サンタクロースに一年間ずさんに扱われても生きてきた、人としてのスペックを大きく上回った存在―――!
「―――はは、腐ってもサンタクロースか。その逃げ足の速さは住居不法侵入の賜物?」
「トナカイに追いつく非人間が、言ってくれる。それも裸足。よくも人間扱いされたものよな」
「軒並み隠蔽していたもので。ああ、僕だって自分のIQくらい正しく知りたいけどね」
 それでも幼かった頃は大木をへし折ってしまったこともある。新聞に載っていたセンター試験の問題を九割六分当ててしまったこともある。そのたび優しい両親は「他人に見せびらかさない方が、きっとかずみは幸せに生きられるよ」と止めるよう促してくれた。まったく、最強の両親である。恐らくは過去にも人非人を見てきたのだろう。
「だから僕は両親から離れるわけにはいかない。彼らは確かにバカ夫婦で、僕が居なくなったらデリケートな精神構造が崩壊しちゃうからね」
 彼と彼女は、未だ幼い二十代。いまから子を産むのは正しくて。その数多の不安に、僕が寄り添う必要がある。
 子供はそれほど親のことを考えてくれない。SIMPLE2000シリーズじゃ満足してくれない。家族が幸せになるためには、僕のようなクッション役がいた方がいいってわけさ。いわゆるペット。あるいはメイド。家族のために、僕はこの身を捧げましょう。
「それだって、幸せの形。大丈夫。僕が自分をどう捉えようと、両親は全力で僕を人間扱い―――息子扱い、するからね」
「それがきみの答えか―――有機アンドロイド」
 サンタクロースは言う。

「―――参った。きみの不幸を想定して悪かったよ、かずみくん」

 両手を上げる、赤鼻のサンタクロース。
 彼は全力で正義の人で、あまりにあまった正義でサンタ殺しの罪を犯してしまったけれど。
 でも大丈夫。サンタ長は死んでいない。有機アンドロイドである僕の機能は生命力の強化。腹部を刺されたサンタ長は幼い僕の能力で一命を取り留め、そして子供のできなかった夫婦は正しく娘を設けることができた。
 近いうちに僕にも妹ができるのだ。そうだね、きっと彼女の名は―――


Side-B(2)/

 そう、それはオムツとお尻拭き! 息子には秘密にしていたけれど真衣のお腹には娘が宿っていて、その名前をゆみやと名付けている。かずみとゆみや。大丈夫かなあ、昔に血の繋がらない兄妹が愛し合っていたけれど。彼と彼女の名前に似ているんだよね。誰かの陰謀だよね。俺と真衣の名前だって誰かの密かな陰謀だよね。密かすぎてふたりにしか分からないという話です。あっ、口調がおかしいぞ俺。乗り移られたか? ここでお化けの出番か? ああ、そういえば幽霊という伏線は回収していなかったなぁ。時間が足りなかったんだよね。本当に幽霊でしたーという話も考えていたんだよね。サンタクロースは死んでるの。その供養に霊媒師である俺の友達が身体を貸しているのね。今年はきみだったか、ってね。失敗したサンタクロースに、マジックインキ(赤)の代わりに刀を振り下ろすのね。舞台裏を覗かれた役者は死ねばいい。でもそれじゃあまりにあまって猟奇的だから鬼嫁萌え話に切り替えたんだけど、それにしたって第三走者はひどいよね。サンタコロースだよ? サンタ殺しだよ? 人が全力で猟奇的な話を回避したのに、なんて意地悪な。あと一歩でこの第四ステージは皆殺しエンドになるところだったよ。殺人サンタという安易。赤という色が悪いのだ。ということで今回のテーマは誘拐サンタクロースだったんだけど、あはは、いまの日本じゃ殺人サンタより怖いよね。かずみが女の子だったら危なかったよ。第二・第四走者の加虐本能が解放されるところだったね。男の子はただ強く。女の子はただ脆弱に。危険思想だ。娘は、ゆみやは正しく強く育ってくれよ? 大丈夫だよな。だってきみのお兄ちゃんは強くて賢しくて優しいんだ。最強だね。誇りに思う。ということでオムツとお尻拭き(何故か開封済み)を手に階段をかけ降りる俺こと徹。じゃーん! オムツとお尻拭き買っておきましたー! 叫べどそこには眠った鬼嫁がひとり。鬼嫁眠ると可愛いなあ。一種のツンデレ? じゃなくて、じゃなくて。かずみはどこだっ! サンタはどこだっ! 俺の叫び声もむなしく、外にはさんさんと雪が積もっていった……。


Side-A(2)/

 夫の叫び声で起きたあたしは、しかし片時も眠っていなかった。当たり前だ。睡眠薬を盛られたわけじゃあるまいし。ただ真実を知りたかっただけの傍観者。そのあらすじを夫に告げた。
「すげぇ! さすが俺たちの子な!」
 息子よりバカな夫を持って少しだけ後悔したけれど、それが短所であると同時に長所であるからには許容するしかない。まったく、あたしを敵に回しちゃいけないなんて、なんて愚かな。最初から徹の敵に回ることなんてないのに。
「あ……」
「どうした? お腹蹴られた?」
「そこまで大きくなってない。男の子か女の子かも分かってない」
 性別が分からないうちに、ゆみやという名前を用意した。それでもたぶん女の子だろうけどさ。
 外を見てあたしは言う。

「ホワイトクリスマスね……」

 窓の外には、一匹だけ残されたトナカイが嘶いていた。
 しんしんと雪は降り積もる。
 やがて「ただいま」という、愛しい息子の声を聞く。

―――end roll.
(rn1-4.html/2005-12-25)


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Come on Baby★Christmas
Title
01 ファントム・サンタクロース
02 ブラッディ・サンタクロース
03 サンタコロース・シンアシン
04 ホワイト・サンタクロース
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