梅
ログリバーシブル・リバース>セックスレス・ダイアログ(後編)
Sexless Dialogue(1967)
Sexless Dialogue[21]
「……久しぶり」
『お久しぶりですね』
「どう? 学校は」
『いまも建っていますよ』
「施設じゃなくて、学校生活」
『生徒会長になりました』
「……すごいね」
『勉強だけは、できますから』
「十分じゃないか」
『……ねぇ先輩、』

『ファスナー、空いてますよ』
「衝撃サプライズ!」
再会は穏やかで、僕はなにをしたいんだろう。
Sexless Dialogue[22]
「美人さんに、なったな」
『百六十センチになりました』
「昔の俺と、同い年なんだな」
『そして先輩は、二十歳ですね』
「ああ。なにも変わらないけどね」
『まさか。大きくなったじゃないですか』
「……どこ見てんの?」
かわいいかわいい。
Sexless Dialogue[23]
『新しい彼氏は、できましたか?』
「新しい彼女なら、できてないけど」
『そうですか』
「うん」
『……攻め手ですか? 受け手ですか?』
「新しい彼氏もできてないっ!」
沈黙が意味するのは肯定ばかり。
Sexless Dialogue[24]
「そういう葵ちゃんこそ、新しい彼氏……」
『居ないですよ』
「そっか」
『新しい彼女も、居ないですよ』
「それは確認しなきゃいけないことなの?」
『男女平等』
「関係ない」
『僕と付き合える人なんて居ないという話です』
「僕?」
『あ……』

『……ボクと』
「発音を変えられても」
そしていまさらのはじまり。
Sexless Dialogue[25]
『お久し振りですね』
「うん……」
『三点リーダー二つ、うざいですね』
「……ごめん」
『言ってる側から使うなという話です』
「…………」
『嘘です。口少ないあなたが好きです』
「……そうか」
『きっと僕は喋りたかっただけで、あの付き合いは嘘だったのでしょう』
「いや……」
『子供が欲しいなんて言ったから、それに付き合ってくれただけ』
「違う……」
『最悪は僕ですね。僕は最悪ですね。ごめんなさい』
「そんなことない!」
『っふふ、あなたは――』
「黙れよ葵。俺の言葉を聞け!」
『……はあ?』
「いいか聞けよ。一度しか言わない」

「俺と付き合ってくれ!」
『……………………馬鹿みたい』
強引は嫌だ。サディストなんて最悪だ。軽く言うな。勘違いするな。より強い存在に嬲られればいいのに。
Sexless Dialogue[26]
『女の子を笑わせるのが男の子の甲斐性です』
「そう言われても……俺は面白くもないしね」
『男の子の話に笑ってあげるのが、女の子の器量です』
「はぁ……」
『だから笑ってください』
「いや……おかしいよね?」
『おかしいのなら笑いましょう』
「えー……」
『道化はただ笑われることを望みましょう』
構ってくれるのなら道化でもいいよ。
Sexless Dialogue[27]
「……その。僕って、なに」
『一人称です』
「うん。男の子の、一人称だよね」
『男女平等』
「関係ない」
『僕はもう、女の子じゃないから』
「……どこからどう見ても、女の子じゃないか」
『子供の産めない女に、意味なんてありません』
セックスレス曲解。性別を失った人。
Sexless Dialogue[28]
「障害がなければ、すべてのカップルはうまくいくんだよ」
『時間とか、お金とか、友達とか、家族、ですか?』
「え、うん。よく簡単に通じたね」
『昔に考えましたから』
「同じ考えなんて、嬉しいよ」
『でも……いまさらですね』
「え?」
『甘えん坊さんですね』
友達と恋人は、相性が悪いよね。
Sexless Dialogue[29]
『……嫌です』
「え、なにが?」
『手を、繋がないでください』
「あ……ごめん」
『身体を使うのは、卑怯ですね』
「だね」
『適当に相槌を打たないでください』
君の声はもう響かない。
Sexless Dialogue[30]
『抱きしめたければ、してもいいですよ』
「……いや、別に」
『して欲しければ、我慢します』
「な、なんで自虐的なのさ」
『たまには自暴自棄にもなろうというものです』
「う……でも、男の前でそういうこと言うのは、」
『そう言って、多くの男は自分だけが例外だと思い込む』
「あ……ちょ、待って」
『母親になれないのなら、慰安婦になるしかないじゃないですか』
「……黙れよ!」

『親父にもぶたれたことないのにー……』
「父親居ないじゃん、葵ちゃん……」
右の頬を打たれては、左の頬を押さえてみせた。

Sexless Dialogue[31]
「俺はきみが好きなんだ!」
『僕は、大嫌いです』
「知っているし、それはそれで構わない!」
『馬鹿みたい。相思相愛にない関係は、すぐに綻びるという話です』
「綻びたって繕うよ! 愛されなくても愛してみせるよ! 俺の傍に居ろよ、葵!」
『……くだらない。人と噛み合わないことがどれだけ怖いかも分からないくせに』
「理解する。禊ぎを祓う。役割の交代だ、道化は俺が演じよう」
『なによその自己陶酔。勢い余って死ねばいいのに』
「その選択肢は見えないよ。俺は死なないし、きみも死ななかった」
『…………おまえは、僕に、死んで欲しいの?』
「まさか。もう誰も死なないよ」
『…………』
「ああ、だからさ。生み出そうぜ命。全責任を持って、俺は葵を抱こう」
『…………』

『…………ねぇ。私の子供になってくれる?』
私、アタシ、僕、オレ、おいら。ジブンはウチは、アオイたんは。
Sexless Dialogue[32]
『お久しぶりですね』
「男性器に挨拶するなって」
『先輩こそ、男性器なんて変な呼び方です』
「……嫌いなの。卑猥な言葉は」
『子供みたいですね』
「おまえが言うな」
『私はしっかりしてますよ。先輩より』
「どうだか。この前だって泣いてたじゃん」
『それは、先輩がいじめるから……』
「いじめて欲しかったくせに」
『……ぷい』

「なに、そこで拗ねるの? わけわかんないよ」
きみにはサディストで居て欲しいけれど、私はマゾヒストだと思われたくないという思春期。
Sexless Dialogue[33]
『有り体に言えば、おまえは最悪なんだよ』
「おまえ?」
『ああ……自分より劣る女に、おまえなんて呼ばれたくないですか』
「いや……別に?」
『第三者が見てくれるのなら、私は私を可哀想で賢しい女の子と自惚れるのに』
「ねぇ、なんできみは独り言ばかりなの?」
『漫画ばかり読んでいるからでしょう』
「ふぅん……」
『その男性誌ばかり読んだ結果、無口な娘が持て囃されると知りはしましたが』
「きみはうるさい子だよね」
『ええ。到底黙れそうにないので、次善佳良、ペースを乱さない娘を演じました』
「あー。それで?」
『二重人格になりました』
「意味分かんないよ」
『ペースを乱さない私と、不安定な僕ができました』
「二重人格、ねぇ」
『人格というより性格ですね。ええ、私は僕で僕は私なのでしょう』
「なんか……もういいやって感じだね」
『だから……あなたに危害を加えなかった私は、おまえを殺す僕に成り代わる』

『などということはなく』
「二度も殴らせないでよ……」
左の頬を打たれては、百年の恋も冷めましょう。
Sexless Dialogue[34]
『呼ばれて飛び出て』
「呼んでないけど」
『冷たいなあ。初志貫徹なんて馬鹿みたい』
「きみが気まぐれなだけさ」
『猫の目のようですね』
「この黒猫が」
『にゃー』
「にゃー」
『真似すんな』
「口汚い」
『元より口汚いです』
「萌えだね」
『一般人が萌えとか言うな』
「口汚い」
『猫だから』
「大猫だね」
『高校三年生で百六十センチは高くもないです』
「ところで体重は?」
『百五十四センチ四十二キロ。百六十センチ四十六キロでどうでしょう』
「いいんじゃない?」
『数値に踊らされる男たちの挽歌』
「ちなみに俺は、」
『聞かなくても分かります』
「エスパーか!」
にゃごにゃご。
Sexless Dialogue[35]
『ねーねー、最悪の彼氏さん』
「え、それ俺の二つ名?」
『おまえは僕を孕ませて、中絶させたよね?』
「きみが勝手にしたんだけどね」
『押忍。でもそれなのに、おまえは開き直っているよね』
「そうかなあ?」
『生み出そうぜ命って、言ってくれた』
「あー……最悪の言葉だね」
『でもだから、本当はすべてお見通しで、とぼけていたんじゃないのかなあって』
「ん。いま確信に変わったよ」
『……この策士』
道化を演じて……魅せましょう。
Sexless Dialogue[36]
『生徒会長を、終えました』
「お疲れさま」
『うちは貧乏なので、進学しないのであります』
「聞いてないよ。とか言うと怒るか」
『押忍。先輩にはサービス精神が足りねぇのであります』
「サービスしなくても従順に付いてきてくれる彼女が居るからね」
『驚き桃の木。新しい彼女は居ないって、言ったのに』
「うん。だってきみと別れてないもん、俺」
『先輩が気の利いたこと言いました……』
「空を見るな。とうに雪だ」
『でも物語は破綻しちゃいましたね』
「十八と十六で結婚するっていう、アレ?」
『ええ。夢にまで見た幼妻』
「漫画の読み過ぎ」
『自己陶酔という最愛』
「従順なメイドをトレースしてくれると嬉しいね」
『従順なメイドなんて居ないという話です』
「マジで?」
『みんな反転属性が大好きなんだよ』
「夢にくらい見ればいいのに」
『現実を優しく投影しているのでしょう』
欠点を魅力と捉えて、自分より弱い人としか付き合えないという正常。
Sexless Dialogue[37]
「なに作ってんの?」
『チヨコレイト』
「なんで石段ジャンケン風?」
『ハート型にチャレンジ』
「愛を感じちゃうね」
『…………』

『……ばき』
「なんで割ったの!?」
『僕も食べたくなっちゃって』
「……はい、半分コ」
この子は誰よりも女性的に描こうと思いました。
Sexless Dialogue[38]
「卒業おめでとう」
『押忍。こんぐらちゅれーしょん』
「きみは知識量があるのに頭が悪いよね」
『それは人と噛み合わないのも無理ないですね』
「自覚したのなら、きみは無敵さ」
『適当にものを言うと、本当になりますよ』
「言霊だね」
『諺です』
「さて、これからどうする?」
『結婚して不倫して離婚して刺されましょう』
「人生じゃなくて。ていうか不倫するのかよ」
『結婚することに異論はないんですね』
「んー。まあね。でもちょっと待ってよ」
『押忍。待つのには、慣れています』
「オーケイ。で、これからどうするよ」
『愛を育みましょう』

『……子作りをしましょう』
「ん。その言葉を初めて怖いと思った」
じゃないと困るんだってば。
Sexless Dialogue[39]
『ひとつだけ、嘘をつきました』
「へえ。許されないね」
『あのとき、妊娠、していなかったんです』
「驚愕の新事実!」
『……もちろん中絶も』
「最悪はおまえだ!」
『可哀想で可愛いって、思われたかったの』
「小賢しくて恐ろしいって感じだね」
『押忍。いまは反省している』
「ていうかまあ、俺もごめんね。配慮が足りなくてさ」
『殿方は反省などしなくともよいのであります、サー』
「意味分かんないよ」
『問題ばかりでしたよね。きっと刺されても、おかしくない』
「俺が護ってやんよ」
『空を見上げれば、雪』
「天気遣いか俺は」
『例外は定例を上塗りするという話です』
「適当にものを言うのはよくないんだろ?」
『押忍。その言葉が欲しかった』
「我が侭」
『ふふふのふ』

『だからさよなら、長峰先輩』
はかなくきえる、ぼくたちのしきじつ。
Sexless Dialogue[Last]
「そして向日葵は自殺した」
「いつかの湖に入水自殺」
「さながら人身御供のように」
「純白のドレスを身に纏って」
「ウェディングドレスのつもりだろうか」
「夏に咲く華は、冬の湖に散っていった」
「くだらないね」
「馬鹿みたいだ」
「彼女は俺に後悔させるために、中絶したと嘘をついて」
「その嘘は本当に中絶した人に許されないと気付いて」
「気付いたから、本当に中絶しないといけないと思い詰めて」
「そのために妊娠させるよう促して」
「二年間、俺との再会を待ち続けて」
「憎んでいたのに、優しく振る舞って」
「それはすべて、死ぬために」
「死ぬためだけに生き続けた少女」
「くだらないね」
「ばかみたいだ」
「うそにきづいて」
「うそだからきずつかないとかんちがい」
「きみはいつだってきずだらけで」
「ゆらゆらゆれる、みなものように」
「ないていたのに」
「さようなら、むこうあおい」
「ははをみたしょうじょ」
「そして……」

「こんにちは、あかちゃん」
向日葵、享年十九歳。
(log6-2.html/2005-12-24)


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